捨て活航海日誌|手帳を辞めて、筆記用具は「筆箱ひとつ」に。デジタル移行で手に入れた軽やかな暮らし
かつての私のデスクには、お気に入りの手帳と、文房具がぎっしりと詰まったペン立てが鎮座していました。
「いつか見返すかもしれない」と書き溜めたスケジュールやメモ。それを彩るための色鮮やかな蛍光マーカーに、手帳に資料を綴じるための専用パンチ。文房具に囲まれている時間は、どこか丁寧な暮らしをしているような、充実した気持ちにさせてくれるものでした。
しかし、ふと気づけば、その「丁寧さ」を維持するために、紙を買い、書き込み、ファイリングし、増えすぎたストックを管理するという「手間」に追われる日々。
「本当に、これらすべてが必要なのだろうか?」
そんな小さな疑問から始まった私の「手帳との付き合い方」の見直しは、結果として、重たい手帳を手放し、あふれていた文房具をたった一つのペンケースに集約させるという変化をもたらしました。
「いつか使う」で溢れていた、以前のデスク周り
かつての私のデスクは、いわば「文房具の展示場」のようでした。中心にあったのは、一日の相棒とも言える一冊の手帳です。当時は「手帳を使いこなすこと」こそが自己管理の証だと思い込んでいた節もあり、それをカスタマイズするためのツールも際限なく増えていきました。
重要な箇所を強調するための数色の蛍光マーカー。手帳に資料を挟み込むための、持ち運び可能な専用穴あけパンチ。付箋やシール……。「手帳を育てる」ためのアイテムが、デスクの引き出しや鞄の中にひしめき合っていました。
また、自宅のペン立てには、筆記用具だけではない「文具」たちが所狭しと刺さっていました。ハサミ、カッター、修正テープ、ホッチキス。「いざという時に、すぐに手に取れるように」という安心感のために備えていたものですが、実際には数ヶ月に一度しか使わないものも多く、当時はそれが当たり前だと思っていました。
しかし今振り返れば、たくさんの文房具を持っていることは、それだけ「管理の手間」を自分に課していたのだと感じます。手帳を彩るための道具が、いつの間にか自分を縛る小さな重荷になっていたのです。
暮らしの「デジタル化」がもたらした自然な別れ
手帳との距離が開き始めたのは、ほんの少しの「試行」がきっかけでした。
まず着手したのは、スケジュールの管理をGoogleカレンダーへ完全に移行すること。 これまでは「紙に書くことで記憶に定着する」と信じて疑いませんでしたが、いざスマホで管理し始めると、予定の変更がスムーズなこと、そして通知機能によって「うっかり忘れ」が皆無になることに気づかされました。メモや住所録も、スマホの標準機能やアプリへと移していきました。
そうなると、不思議なものです。あんなに毎日大切に持ち歩いていた手帳の出番が、一日、また一日と減っていきました。手帳に書くことがなくなれば、当然、それを彩るためのペンや補助アイテムたちも、その役割を静かに終えていきます。
「手帳を辞めるぞ」と強く決意したというよりは、デジタルという便利な道具を味方につけた結果、重たい手帳は私の生活から「自然と卒業していった」という感覚に近いかもしれません。
文房具の「定員」をデニムのペンケースに決める
手帳を手放したことで、溢れていた文房具たちの整理も一気に加速しました。
まず取り組んだのは、役割の分担です。自分専用として持ちすぎていたハサミやカッターは「家族の共有物」とし、リビングの定位置へ。自分一人で抱え込まず、必要な時にそこへ取りに行けばいい。そう考えるだけで、デスクは驚くほど軽くなりました。
余ったペンも、家族に譲ったり手放したりして、最後に残った「本当に使うもの」たちの居場所として、100円ショップで購入したデニム地の小さなペンケースを選びました。
「このケースに入る分だけが、今の私の適正量」
そう決めて厳選した私のスタメンは、現在この5点に落ち着いています。
シャープペン 1本(と替え芯)
JETSTREAM(0.38mm)
フリクションボールペン ブルーブラック(0.5mm / 0.38mm)
消しゴム
以前のペン立てから比べれば、あまりにも質素かもしれません。しかし、デニムのジッパーを開ければ、迷うことなく手に取りたい一本に指が届く。その迷いのなさが、今の私にはとても心地よいのです。
手帳を辞めて気づいた、メリットと少しの不便
実際に手帳のない生活を送ってみて、劇的な変化がありました。
最大の収穫は、何と言っても「紙の管理」から解放されたことです。新しいリフィルを買い、書き、ファイリングし、不要になったら処分する。その一連のサイクルに割いていたエネルギーがゼロになった解放感は、想像以上に大きなものでした。
また、スマホ集約により情報の「検索性」と「更新性」が向上しました。一方で、実際に辞めてみて初めて気づいたのは、情報の「一覧性(閲覧性)」の低下です。アナログの手帳のように、デスクの脇に開きっぱなしにして常に視界に入れておくことは、スマホにはできません。
すべてが完璧になったわけではありませんが、その「少しの不便」を差し引いても、管理コストが消えたメリットの方が、今の私の暮らしには大きな価値を持っていました。
アナログに「書く」ことの価値を問い直す
結局のところ、手帳を辞めたことで生活が滞ることは一度もありませんでした。むしろ、身軽になったことで思考のスピードは上がり、自分にとって「本当に必要なもの」の輪郭がよりはっきりしたと感じています。
ただ、すべてをデジタルに委ねた今でも、ふと思うことがあります。 「アナログに『書く』という時間を、ここまで削ってしまって良かったのだろうか?」と。
ペン先が紙に触れる感覚や、思考を整理するためにゆっくり文字を綴る時間。効率化の中で削ぎ落としたのは、単なる「手間」だけではなく、自分と対話するための「余白」だったのかもしれない。そんな節があるのも事実です。
だからこそ、今の私はあえて小さなペンケースを持ち歩いています。お気に入りの一本を取り出し、ほんの少しのメモを走らせる。その程度の「書く」との付き合い方が、今の私にはちょうどいいバランスなのかもしれません。
手帳は辞めましたが、私の「暮らしの整理」という航海は、これからもこの小さなペンケースと共に続いていきそうです。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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