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私が壊れるまで #3 適応障害になった日

― 私は、自分を酷使し続けた ―


この記事は、私が適応障害と診断されるまでの実体験を記録したものです。

後から振り返ると、心は何か月も前から悲鳴を上げていました。

眠れない。
休んでも回復しない。
旅へ出ても仕事が頭から離れない。

それでも当時の私は、「少し疲れているだけだ」と思っていました。

もし今、
休んでも回復しない、
仕事のことが頭から離れない、
そんな状態にいるなら、
この記事が自分の心のサインに気付くきっかけになるかもしれません。

  • 頼られることが増えた40〜60代の管理職・責任ある立場の方

  • 「自分がやらなければ」と一人で抱え込んでいる方

  • 眠れない日が続いている方

  • 誰にも弱音を吐けない方

  • 適応障害や燃え尽きが気になっている方

  • 頑張っているのになぜかずっと苦しい方


■このシリーズを読むと分かること

  • 頼られる人ほど壊れやすい理由

  • 壊れる前に現れる身体と心のサイン

  • 私が適応障害になった経緯

  • 復職後に椎骨動脈解離になった理由

  • 本当の責任感とは何か

  • 「全部背負わなくていい」と思える考え方


この記事で伝えたいこと

頼られる人は弱いから壊れるのではありません。

責任感が強すぎるから壊れるのです。

私は適応障害になり、
それでも走り続け、
最後は椎骨動脈解離で身体が止まりました。

この記事は、
そんな実体験を通して、

「全部背負わなくていい」

ということを伝えるために書きました。


第5章 適応障害になった日


私はずっと、
自分は大丈夫だと思っていた。

眠れなくても。

疲れていても。

やる気が出なくても。

そのうち元に戻ると思っていた。

だが戻らなかった。

  • 朝起きるのが苦しい

  • 職場へ向かうのが苦しい

  • ミスが増える

  • 何もかも考えられなくなる

  • めんどうになる

  • やる気がなくなる

  • 何をしても楽しくない

  • 趣味も分からない

  • 自分が何を好きだったのかも思い出せない

  • 気づけば、何も考えたくなっている

こんな状態はないだろうか。

  • テレビを見ても面白くない

  • 休日なのに外へ出る気力がない

  • 好きだったことに手が伸びない

  • ただ時間だけが過ぎていく


それを、

「疲れているだけだ」

と思い込んでしまう。

私もそうだった。

そして、

明日の朝、
目が覚めていなければいい。

そんなことまで考えるようになった。

死にたいわけではない。

ただ、
もう疲れていた。

考えること自体に、
疲れ果てていた。

今思えば、
完全に限界だった。


診断は「適応障害」だった。

一ヶ月の休職。


それまで走り続けてきた人生で、
初めて強制的に立ち止まった。

悔しかった。

情けなかった。

自信も失った。

なぜ自分が。
なぜここまで弱くなったのか。

本気でそう思った。


だが今なら分かる。

あれは弱さではなかった。

もう限界だったのだ。

どんな機械でも、
使い続ければ壊れる。

整備しなければ壊れる。

人間も同じだった。

私は自分を酷使し続けた。

だから止まった。

それだけのことだった。


そして私は、
退職届を提出した。

あの時は、
もう終わったと思ったのである。


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▼椎骨動脈解離の体験記はこちら▼

私は椎骨動脈解離で2ヶ月の療養を経験しました。発症から診断、入院、療養までの記録をシリーズとして残しています。
もし今、
身体からのサインに戸惑っている方がいたら、
こちらも参考になるかもしれません。


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