利き手は「遺伝で決まる」と思っていたら、実は半分も説明できなかった
字を書くとき、ボールを投げるとき、私たちは特に意識せず利き手を使います。多くの人はこれを「生まれつき決まっているもの」だと感じているはずです。では、その「生まれつき」とは具体的にどういう仕組みなのでしょうか。
利き手は遺伝で決まる」というイメージを持っている人は多いかもしれません。ですが、実際に研究を調べてみると、話はそこまで単純ではありませんでした。
一卵性双生児でも、利き手は2割食い違う
利き手の研究でまず驚かされるのが、双子を対象にした研究の結果です。
双子研究によると、利き手の個人差のうち遺伝的要因で説明できるのは約25%にとどまり、残りの約75%は環境要因によるものだとされています。さらに興味深いのは、まったく同じ遺伝情報を持つ一卵性双生児であっても、利き手が一致しない割合が約2割にのぼるという点です。
もし利き手が遺伝子だけで完全に決まるのであれば、同じDNAを持つ一卵性双生児の利き手は必ず一致するはずです。しかし実際にはそうなっていない。これは、利き手が「遺伝子を調べれば分かる」という単純な話ではないことを示しています。
とはいえ、遺伝が無関係というわけでもありません。近年の研究では、利き手には単一の遺伝子ではなく、複数の遺伝子が少しずつ関わっていることが分かってきています。体の左右非対称性の形成に関わる遺伝子座がいくつも同定されており、これらが脳の左右差の発達にも影響していると考えられています。ただし、利き手に影響する遺伝子は現時点でもまだ一部しか特定されておらず、全体像の解明は今後の研究課題です。

利き手の「原型」は生まれる前からできている
もう一つ興味深いのが、利き手の傾向が母親のお腹の中にいる段階から現れ始めているという研究です。
超音波を使った研究によると、胎児は妊娠10週ごろから、右手を口に近づける動作を好み始める傾向が見られます。そしてこの傾向は、生まれたあとの利き手とよく一致するというのです。つまり、利き手の「原型」のようなものは、生まれる前からすでに形成され始めていると考えられます。
これは、「利き手は育った環境や教育だけで決まる」という考え方に対しても、一定の反証になる材料と言えるでしょう。
なぜ人類は「右利き多数派」になったのか
もう一つ気になるのが、なぜ世界中どこでも右利きが多数派になっているのか、という点です。
左右学を専門とする埼玉学園大学の西山賢一氏(経済学者)がリクルートワークス研究所の取材で紹介している興味深いデータがあります。それによると、約250万〜200万年前の人類(ホモ・ハビリス)が作った石器を調べたところ、左手で作られたとみられるものが43%も含まれていたといいます。ところが、約6万年前になると、左利きの割合は現在とほぼ同じ約10%まで下がり、以降その水準で安定しているというのです。
西山氏は、石器づくりという複雑な工程を組み立てていく論理的な作業が、言語や論理を司る左脳と結びついた右手の発達を促した可能性がある、という見方を示しています。ただし、これはあくまで一つの仮説であり、なぜ左利きの割合が10%という水準でぴたりと安定し続けているのかについては、確立した定説があるわけではありません。
ちなみに、左利きの割合は国によっても差があり、日本は人口の約11%とされる調査があり、世界平均よりやや高めです。ただしこの手の統計は、調査方法や「利き手」の定義によって数値の幅が大きく変わることが知られており、単純な国際比較には注意が必要です。

「左利きは短命」説は、統計のトリックだった
利き手にまつわる話の中でも特によく知られているのが、「左利きは寿命が短い」という説です。この話、実は典型的な「統計のワナ」の実例として紹介されることがあります。
この説の発端は、1988年にアメリカの研究者が発表した研究でした。亡くなった人の利き手を調べたところ、左利きの人の死亡年齢が右利きの人よりも平均で約9歳低いという結果が出たのです。
しかし、この研究には見落とされがちな落とし穴がありました。当時は「左利きは矯正すべきもの」という価値観が強く、多くの左利きの子どもが右利きに矯正されていた時代です。そのため、調査対象になった高齢の世代では、本来左利きだった人の多くが「右利き」として数えられていました。つまり、高齢で亡くなった人ほど左利きと申告する人が少なく、逆に若くして亡くなった人には(矯正されなかった)左利きが多く含まれる、という偏りが生じていたのです。この世代間の偏りが、「左利きは短命」という誤った結論を導いてしまったと考えられています。
実際、その後アメリカで行われた高齢者3774人を対象とする6年間の追跡調査では、左利きと死亡率のあいだに関連は見られませんでした。現在では、「左利きだから寿命が短い」という説は学術的に否定されています。
「左利きは天才が多い」説はどこまで本当か
もう一つよく聞くのが、「左利きは天才が多い」という話です。
これについては、いくつかの研究で興味深いデータが報告されています。アメリカ・アイオワ大学の調査では、大学進学適性試験(SAT)で非常に高い成績を収めた12〜13歳の生徒グループの中で、「強い左利き」の比率が平均より高かったと報告されています。また、1980年に行われたアメリカの別の研究でも、IQ132以上の才能ある小学生グループは、そうでない一般のグループと比べて左利きの割合が高かったという結果が出ています。
ただし、これらはいずれも特定の集団を対象にした個別の研究であり、「左利きだから頭が良くなる」という因果関係が科学的に確立しているわけではありません。あくまで「そうした傾向を示す研究がある」というレベルで捉えるのが正確です。

まとめ
利き手について調べていくと、
利き手は遺伝だけで決まるわけではなく、一卵性双生児でも2割は食い違う
利き手の傾向は、生まれる前の胎児期からすでに現れ始めている
なぜ右利きが多数派になったのかは、進化的な仮説はあるが定説はない
「左利きは短命」説は、矯正文化による世代間の統計の偏りが生んだ誤解だった
「左利きは天才が多い」説も、限定的な研究にとどまり断定はできない
という、思っていた以上に「解明されていないことが多い」テーマだと分かります。当たり前に使っている利き手も、掘り下げてみると、まだ科学が追いついていない謎が残っているのです。
主な参考情報
Wikipedia「利き手」
医知創造ラボ「利き手はなぜ決まるのか?―脳の左右非対称と遺伝のしくみ」
QLife 遺伝性疾患プラス「利き手は遺伝で決まりますか?」
リクルートワークス研究所「なぜ、左利きは常に10%存在するのか」(西山賢一氏インタビュー)
札幌医科大学医学部麻酔科学講座 Yamakage BLOG「『左利きは寿命が短い』は本当?」
ダイヤモンド・オンライン「【左利きは寿命が9年短い説】が物議を醸したワケ」
ZUU online「左利きには天才児が多い理由」(米アイオワ大学データ紹介)
