4コマ無画①①⑥
【4コマ無画:鮮度の長老】
昨今のレトルト食品の進化には、本当に目を見張るものがある。
熱湯、あるいはレンジで数十秒温めるだけで、専門店顔負けのカレーやパスタ、本格的な中華料理が目の前に現れる。
技術の進歩は凄まじく、今や「手抜き」ではなく「あえて選ぶご馳走」として食卓に君臨しているほどだ。
この便利な食文化の歴史を紐解いてみると、世界で初めて市販されたレトルト食品は、大塚食品が開発したあの「ボンカレー」なのだという。
昭和、平成、令和と、日本の食卓を支え続けてきた彼らこそ、まさにレトルト界の偉大なるレジェンドなのだ。
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レトルト食品の最大にして最強の武器は、何と言ってもその「賞味期限の長さ」にある。
常温のまま棚の奥底に放り込まれていても、数ヶ月、ものによっては数年もの間、その味と品質を頑なに守り続ける。
普通の食べ物であれば、時間の経過とともに傷み、腐り、色褪せていくのが自然の摂理だ。
だが彼らは、パウチという名の頑丈な鎧に身を包み、時が止まったかのように「出来立ての瞬間」を維持し続ける。
いわば、時間の流れを完全に拒絶した、不老不死にも似たテクノロジーがそこには詰まっている。
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よくよく考えてみれば、これはなかなかに不条理で面白い現象だ。
私たちは普段、食べ物に対して
「鮮度が命だ」
「獲れたて、出来立てが一番美味い」
などと、新鮮さを最大級のウリのように崇めている。
それなのに、その真逆にある「作られてから1年経っても全く変わらないもの」を、ありがたがって買い溜めし、美味い美味いと平らげているのだ。
時間が経つほどに価値が落ちる「鮮度」の世界において、時間が経っても価値がビクともしない鮮度界の長老「レトルト」
この二つの矛盾する価値観を、私たちは何食わぬ顔で日常の中に同居させている。
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そう考えると、世間から「もういい歳なんだから」とか「時代遅れだ」などと言われる私のひねくれも、レトルトのようなものだと思えてくる。
時代の流行り廃りという「鮮度」に無理に合わせる必要なんてない。
世の中の常識がどれだけ目まぐるしく変わろうとも、パウチの奥底で、何年も変わらない偏屈さをそのまま熟成させておけばいいのだ。
誰の目にも触れず、棚の隅っこでじっと出番を待っている、賞味期限無限大の頑固なスープ。
いつか誰かが「ちょっと変わったものが食べたいな」と私を開封した時、何年経っても変わらない生々しい屁理屈で、その脳内をびっくりさせてやるのが、今の私の密かな楽しみなのである(笑)
