WHITE JAM『池袋サンシャイン』BL編と『家畜人ヤプー』
「禁断のBL映像」という文言が曲解され、「同性愛は禁断だというのか!」との批判を受けているWHITE JAM『池袋サンシャイン』BL編。
言わずもがな脊髄反射的な早とちりだが、「禁断」をめぐって過去にも似たようなケースがあったことを思い出した。
それは、戦後最大の奇書といわれた『家畜人ヤプー』についてだ。
「禁断の書」に右翼が噛みつき、出版社に街宣行動をかけた。
だが出版社の社長は「これは三島由紀夫先生の推薦本だ」と一喝。
大男たちは一目散に退散した。
確かに『家畜人ヤプー』には、表面上日本民族を貶める表現が書かれているように見える。
家畜となった日本人が、恍惚とした表情で白人女性の糞尿を食べるからだ。
それは、牙を抜かれ、戦後アメリカの妾となった日本の暗喩だった。
なぜ三島はこの作品を愛したのか。
対米従属に安住する日本人に牙を取り戻してもらいたかったからである。
だから去勢された日本人に「鏡に映った自分の姿をちゃんと見ろ」と檄を飛ばしたのだ。
逆説的な愛国、それが『家畜人ヤプー』だった。
私たちは作品を短絡的に受け取るのではなく、どのような文脈で制作されたのかに敏感でなければならない。
WHITE JAM『池袋サンシャイン』BL編も同じ。
このMVが描こうとしているのは「同性愛への嫌悪」ではなく、美少年同士が性的に絡み合うのを見て興奮する「女性の性欲」の肯定だ。
批判をするゲイの活動家には作中にある「同性愛」は見えても「異性愛」が見えていない。
女性に性的な興味がないから、女性の性欲が作品から読み取れないのだろう。
(男性との絡みの途中でSHIROSEが時々カメラ目線をするのは、画面の向こうの女性たちを誘っているのだ。)
異性愛者には見えないものがあると同様に、同性愛者にも見えないものがある。
女性が第三者の安全席から男性同士のセックスを愛でる行為はゲイ搾取だって?
ゲイだって異性愛者の男女モノAVに目がないし、ノンケ男子を凌辱するゲイビデオは人気ジャンルだ。
だがそれらはすべてフィクションである。
ゲイ男子がノンケのフリをしてウリ専をしている逆クィアベイティングも山ほどある。
客のロマンに応えようとすることの何が悪いのだろうか?
ヘイトは「嫌い」が基礎にあるものをいう。
「好き」が行き過ぎて過剰になるのはヘイトでも差別でもない。
