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私たちが「皇室の予算」に1ミリの違和感も持たない本当の理由。──戦後復興の原資となった「奇跡の財産税」と、税金を超越する「3つの還元力」

ニュースやネットで皇室の話題が出るとき、必ずセットで議論されるのが「国家予算(税金)」の話です。中には「なぜ特定の家系にこれほど多くの税金が使われるのか」という疑問を持つ方もいるかもしれません。

しかし、私たち日本人の多くは、皇室に予算が使われることに対して、不思議なほど違和感や不満を持っていません。それは単に「昔からの伝統だから」という情緒的な理由だけではないのです。

実はそこには、最近の世代にはあまり知られていない「戦後復興を命がけで支えてくださった圧倒的な歴史の事実」と、今もなお続けられている「予算を遥かに超越する無私の公務」という、冷徹なまでのリアリズム(現実)があります。

皇室を心から尊崇するに値する、その知られざる舞台裏を詳しく紐解いてみたいと思います。

1. 【歴史の原点】日本最大の財産を「国家の再建」に差し出してくださった歴史

まず、若い世代を中心にほとんど認識されていない、戦後の「日本の出発点」に関する決定的な歴史的事実からお話しします。

戦前の皇室は、三井、三菱、住友といった名だたる巨大財閥をはるかに凌ぐ、「日本最大の圧倒的な経済主体」でした。
全国に広大な「御料地(ごりょうち)」と呼ばれる森林や土地を保有し、日本銀行、横浜正金銀行、日本郵船といった日本の中核企業の株式を大量に持つ大株主でもありました。その総資産は、当時の国家予算の数倍、現在の価値に換算すれば数十兆〜数百兆円とも言われる天文学的な規模だったのです。

しかし、昭和22年(1947年)、敗戦によるGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領下で、この構造は劇的に変わります。日本国憲法第88条の制定、そして当時の「財産税法」によって、皇室財産の約9割が国に物納され、事実上の「没収(国有化)」となったのです。

当時の金額で約33億円。焼け野原となり、極度のインフレと物資不足にあえいでいた戦後の日本政府にとって、この皇室から国へ移された莫大な富は、奇跡的な戦後復興、鉄道や道路などのインフラ整備、そして国民を飢えから救うための超巨大な原資となりました。

皇室は「特権」にあぐらをかくどころか、自らの富をすべて国民の再建のために差し出すことで、現在の豊かで平和な日本社会の土台を作ってくださったのです。
私たちが目にする現在の皇居や京都御所、那須や葉山の御用邸も、皇室の私有物ではありません。すべて「国の持ち物(皇室用財産)」であり、皇室はそれを国から「借りて」使われています。この歴史の原点があるからこそ、私たちは皇室に予算がつくことに揺るぎない正当性を感じるのです。

2. 人権すら持たず、税金(予算)を遥かに超越する、皇室の「3つの圧倒的な還元力」

財産を没収され、「国の予算(税金)の範囲内」で暮らすことになった戦後の皇室。
しかし、皇族の方々は、私たち一般国民が当たり前に持っている「戸籍」も「住民票」もなく、「選挙権(投票権)」もなく、自由に職業を選ぶことも、海外へ旅行する自由も、自らの意志でSNSで発信して自己弁護する権利すら持たないという、極めて過酷な環境に身を置かれています。

その自由のない環境に耐え忍びながら、支払われている予算以上の価値を日々、国家と国民に還元し続けてくださっている「3つの機能」があります。

① 政治が絶対に真似できない「究極の外交力」(国際親善機能)

皇室による外交は、一時の政治情勢や利害関係に左右されない「国家間の最高不変の絆」を作ります。

  • 世界最高峰の信頼関係:
    イギリスの王室をはじめ、世界の王室と「家族同然の深い信頼関係」を結べるのはご皇室だけです。2024年の天皇皇后両陛下の英国公式訪問で示された歓迎ぶりは、政治家がどれほどお金を積んでも不可能なレベルのものでした。国家元首や国王が、日本の首相とは会わなくとも、天皇陛下には最大の敬意を払って面会を求めるのは、皇室が持つ126代という世界最長の歴史の重みがあるからです。

  • 歴史の遺恨を融解させる力:
    上皇ご夫妻が重ねてこられたパラオやフィリピンなどの「戦跡慰霊の旅」は、かつての戦争の痛みを癒やし、相手国に「日本は心から平和を愛する国になったのだ」と確信させました。これは、外務省の100の外交交渉や、何千億円の経済援助をも凌ぐ、圧倒的な国益と安全保障をもたらしています。

② 国家の危機における「無私の祈りと寄り添い」(精神的統合機能)

政治家が行う被災地視察は、時に「選挙のため」「パフォーマンス」と冷ややかに見られがちですが、皇室の行動にはその疑念が一切ありません。なぜなら、皇室には「得をする利害関係」が最初から存在しないからです。

  • 被災地での「膝つきお見舞い」の原点:
    阪神・淡路大震災や東日本大震災の際、上皇ご夫妻(当時の天皇皇后両陛下)が避難所となっている体育館の冷たい床に、自ら膝をついて被災者と同じ目線で言葉をかけられた姿は、日本人に大きな衝撃と感動を与えました。それまでの「仰ぎ見る存在」から「苦難を共にしてくれる存在」への転換です。この無私の寄り添いは、現在の天皇皇后両陛下、そして愛子さまや佳子さまといった次世代の皇族方にも美しく受け継がれています。

  • 見えない場所での「無私の祈り」:
    毎年1月1日の早朝、まだ極寒の午前5時半から、天皇陛下は「四方拝(しほうはい)」という宮中祭祀に臨まれます。これは「日本国に災いがあるならば、すべて私の体に集めてください。その代わりに、国民が平穏で幸せに暮らせますように」と、神々に一人きりで祈りを捧げる儀式です。年間を通じて、国民の幸せと国家の安寧、五穀豊穣を祈る祭祀が、国民の目に見えない宮中で真摯に続けられています。私利私欲なく国民のために祈ってくれる存在が国の中枢にいること自体が、日本人の安心感の根源です。

③ 日本の歴史・文化を「生きた形」で維持するパトロン(文化の守護者機能)

日本の伝統文化、芸能、学問を次世代へバトンタッチする上で、皇室は最高峰の体現者です。

  • 1300年の宝物と伝統の維持:
    聖武天皇の遺品をはじめとする1300年以上前の宝物を守り伝える「正倉院」の管理、宮中に伝わる古式ゆかしい儀式、雅楽、古式馬術(打毬など)の保存は、皇室という中心軸があるからこそ、途絶えずに現代に残っています。もしこれらを民間や行政の予算だけで維持しようとすれば、時代ごとの予算削減の波にのまれてとうに消滅していたでしょう。

  • 一線級の「研究者」としての貢献:
    皇族の方々は単に儀式に出席されるだけでなく、一線級の「学者」でもあります。上皇さまの世界的なハゼの研究、天皇陛下の「水問題(水運史)」の研究、秋篠宮さまの家禽類(ニワトリなど)の研究、三笠宮家の古代オリエント史の研究など、専門書を執筆されるレベルの学術的貢献をされています。権威として君臨するのではなく、知性をもって社会に貢献される姿こそ、国民が深く尊崇を寄せる理由です。

おわりに:感謝の念と、私たちが予算を支える意味

戦後の皇室は、財産を没収され、多くの人権を制限されても、決して腐ることなく、常に「国民と共に歩む」という姿勢を地道に貫いてこられました。

国民が皇室予算に違和感を持たないのは、「戦後復興のために財産を差し出してくれたことへの歴史的感謝」と、「現在進行形で、予算を遥かに超える国益と安心を、日々国民に還元してくださっていることへの深い敬意」の双方が、私たちのDNAに深く刻まれているからに他なりません。

だからこそ、いま議論されている皇室典範の改正案(女性皇族が結婚後も残る案、旧宮家の男系男子を養子に迎える案)を考えるとき、私たちはこの歴史と公務の尊さを忘れてはならないと思います。

国がガチガチの義務で皇室を縛るのではなく、主権者である私たち国民の側が、「これほどまでに日本を支えてくださった皇室に対し、気持ちよく国家予算を支出して、未来へ繋ぐ覚悟とお膳立てをあらかじめ示しておく」。そして、その尊い選択肢を、皇室の皆様に自主性を持って安心してお使いいただく。

それこそが、私たちが皇室へできる、最高で最大の「恩返し」なのではないでしょうか。

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