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「いま」だから観たい「永遠の0」


関西地区でドリパスがあったよ

関西地区では、放映されなかったドリパスがひさびさに興行がかかり、もう関西圏でドリパスは、ないのかなと諦めていたわたしに、唐津花火のおりに知り合った方から「ドリパス」で「永遠の 0」があるよと教えていただき、滑り込みで観ることが出来た。

今までは「戦争」と言っても、過去の戦争のイメージが大きかったのですが、昨今は戦争が身近に、じわりと近づいているような気がしてなりません。

直接自分たちが戦争をしないとしてもほとんどの生活必需品を輸入に頼っている日本は、世界に戦争が起きたら生活に直撃をされる国です。

身近では、イスラエルとイランの戦争にアメリカが参戦している状況では石油が止まることがあり得ると言われています。

自分たちの車を動かすガソリンも身近にあるペットボトルや調味料容器などのプラスチック製品が作れなくなるかも。そんな懸念が現実化しないように切に願っています。

そんななかでの「永遠の0」は、いつにもまして
身につまされるものがありました。

庶民はみんな「今」を一生懸命に暮らしていたいだけなのだ。
自分の暮らし、家族の暮らしを守りたいだけなのだ。あらためてそんな想いが込み上がってきました。

監督のダメ出し15回

時々読ませていただく春友さんのブログのなかで貴重な当時の春馬くんの「永遠の0」を演じるなかでの監督との攻防を記事化したものを読ませていただけました。貴重な記事のご紹介ありがとうございます。

春馬くんのイメージしていた「健太郎」のキャラクターは、もっと司法浪人を何年も繰り返して落ち込んでいた暗いイメージであったこと。
それに比べて山﨑監督は、明るい軽いイメージを「健太郎」に求めていたことへのスタートからのギャップがあったそうです。

わたしが映画を見ていたなかで1番緊迫感のあった「田中泯」さんとの芝居のやりとりのなかで、
はじめに訪ねた時の田中泯さん演じる、老いた「影浦」は軽い調子で自分の祖父のことを聞いた
健太郎に「おまえに話すことなど何もない」と追い返されたやりとり。春馬くんは監督に15テイクも撮り直しを要求されたとか。

監督のイメージする健太郎は、健太郎の友人たちに見るように、まさに軽く現代を生きる軽いノリの若者たち。
そんな軽い健太郎が今の自分の同年齢にあたる「祖父」の「宮部」の生きざまを本気で追いかけるうちに健太郎自身に変化が訪れていく。

その最初のスタートの時点で監督と春馬くんの演技に齟齬があったのでしょうね。
こんなに正直に15回もダメ出しされたと告白している春馬くんの記事をはじめて見たような気がします。

話は前後しますが「アイネクライネナハトムジーク」でも監督とのやりとりを話していた春馬くんは、名字しか名前のない「佐藤」をどこにでもいる平凡で突出したところのないひとと捉えて、けれど群像劇の中心で主役の立ち位置にいる難しい「佐藤」のイメージを共有した話をしていました。

「永遠のゼロ」の後もたくさんの映画やドラマを作っていった春馬くんは演出家とのキャラクターのすり合わせや演出家が役者にこの立場で求めるものをたえず自分の演技のなかで擦り合わせをしようとしていたのかなと思いました。

突然に私ごとですが、わたしも舞台に向けていま、リハーサルを繰り返しています。
ひとつひとつのパートのダンスを繰り返し繰り返し踊り込んでそのパーツでの完成度を上げていって全体の作品を作っていくのですが、その時にダンサーとして踊っていることと演出家が求めるものの違いにダメ出しをされるのは毎回のこと。
そのなかで自分の気持ちが葛藤していくことは、
当然あります。
全ては、より良い作品にしていくためのお互いに必要なこと。そんなことに近いのかなとふと考えました。

三浦春馬だからこそ出来た「健太郎」


22歳の春馬くんは演技として自分の中ではこうだけれど、演出家に否定されたり、観てくれる人に受け入れてもらえないとそれはダメだということ。と言っていました。

春馬くんもひとつひとつ葛藤しながら作っていったんだと思うところがありました。

それにしても影浦こと「田中泯」さんは、さすがの演技で監督が若き春馬くんがその素晴らしい演技のなかで健太郎として一歩もひかない「演技力」を求めたのはわかるような気持ちがしました。

あの「健太郎」がいなければ特攻の生き残りを演じる百戦錬磨のベテラン俳優陣のなかで「祖父」の「宮部」が匂い立つことはなかったわけです。
そんな健太郎だったからこそ「影浦」が「健太郎」を抱きしめた説得力があったのです。

健太郎は、ストーリーテラーとして「受け」の演技を要求され続けました。春馬くんは動きのないなかでの繊細な素晴らしい「健太郎」でした。
三浦春馬でなければできなかったと思います。

私たちも託されている


「宮部」は家族の日常の「暮らし」を守るために
なんと罵られようとも、「生き残る」つもりでした。
けれど戦争末期に自分よりも年若い、未来の日本を背負う学生たちが「特攻」で命が消えていくことを加担することしか出来ない自分が許せなくなったのでしょうね。
自分が彼らの代わりに「特攻」で死ぬ。
けれど生き残った「彼ら」に、後に残される「家族」そして「日本」を託したかった。
そんな人たちがたくさんいて、「今」の日本がある。
私たちも先人から日本を「託された」ひとりひとりなのかもしれません。

そして「日本製」を上梓し「靖国参拝」をしていた春馬くんからも、私たちは託されているかもしれません。








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