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出光興産の徳山事業所が止まると、TSMCもSamsungもIntelも、最先端の半導体チップが一枚も作れなくなります。


なぜそうなるのか、バレンタインのチョコから説明します。

バレンタインに手作りチョコを作ったことはありますか。
チョコを溶かして型に流し込み、冷やして取り出す。
あの単純な作業が、実は世界最先端の半導体製造と同じ構造をしています。

半導体チップを作るとき、シリコンの板の上に回路のパターンを焼き付ける工程があります。このとき使う「焼き付けのための薬品」をフォトレジストと言います。
フォトレジストは三つの成分でできています。
チョコの話で説明します。

一つ目:アダマンタン誘導体
これはチョコそのものです。光が当たっても溶けない、丈夫な骨格を作ります。回路の細い線を支える柱です。

二つ目:PAGオニウム塩
光を受けると、特定の場所だけを急に柔らかくする魔法の粉です。
チョコに混ぜると、懐中電灯を当てた場所だけがふわっと柔らかくなるイメージです。この性質を使って、回路の形を光で描きます。

三つ目:GBL系誘導体
柔らかくなった部分を洗い流す薬品との相性を整える成分です。
洗い流す精度が甘いと、回路の線がにじんで断線します。
三つが揃って初めて、思い通りの回路パターンが仕上がります。

ゴミが分子一個でも許されない世界

半導体の回路は今や、ウイルスよりも小さい世界の話です。
このスケールになると、不純物が分子一個混入しただけで回路が断線します。断線した半導体は動きません。全損です。

さらに深刻な事態もあります。不純物を含むレジストを使うと、EUV露光装置の内部で異常反応が起きます。わずかな揮発成分でもそこに付着すれば、一台数百億円の装置が使用不能になります。

だから使えるレジストは極めて限られます。
現在、世界の最先端半導体メーカーが使えるフォトレジストを作れる会社は、日本の4社だけです。JSR、東京応化工業、信越化学工業、富士フイルム。この4社以外のレジストでは、今の精度の回路は作れません。

なぜ日本の4社だけが作れるのか

理由は二つあります。

一つ目:30年分の二人三脚
TSMCが新しいチップを設計するたびに、JSRや信越化学の技術者が工場に常駐してレジストを一緒に調整してきました。その積み重ねが30年分あります。

この知識は特許として公開していません。会社の中に秘密として蓄積しています。新参者がレジストを持ち込んでも、TSMCの製造ラインとの相性を合わせるだけで数年かかります。その間に失われる製造機会は数千億円規模です。

二つ目:原料が空気に一度も触れない
日本では原料工場からレジスト工場まで、密閉されたパイプとタンクの中だけを原料が移動します。出荷された瞬間から製品になる瞬間まで、外気に一切触れません。

空気中の水分が分子一個でも混入すれば品質が変わります。この仕組みを持たない海外メーカーは、原理的に同じ純度を出せません。純度を上げる別の方法を開発しなければならず、それだけで何年もかかります。

そして4社全員が依存している、山口県の一つの工場
ここが核心です。
日本の4社はフォトレジストの骨格成分、アダマンタン誘導体を、全員同じ場所から調達しています。山口県周南市にある出光興産の徳山事業所です。

なぜここだけなのか。
アダマンタン誘導体を作る方法は世界にいくつかありますが、主流は「塩化アルミニウム」という腐食性の強い薬品を触媒に使う方法です。この方法には致命的な欠点があります。製品に金属の残りカスが混入することを完全には防げないのです。

半導体は金属不純物が分子一個でも許されない世界です。金属カスが混じったアダマンタン誘導体では、最先端の半導体は作れません。

出光興産の徳山事業所だけが、「ゼオライト」という固体触媒を使った全く別の方法で、金属カスの混入なしにアダマンタン誘導体を商業スケールで量産できます。2008年に世界で初めてこの方法を工業化し、今も世界で唯一の拠点です。

世界シェアは約70%。残りは金属カス混入の旧来品です。

止まれば、誰も代わりに作れない

出光徳山が止まれば何が起きるか。
JSR・東京応化・信越化学・富士フイルムの4社が、同時に最先端レジストの製造を止めます。在庫は数週間分しかありません。
TSMCの最先端ライン(3nm・2nm)が止まります。SamsungのEUVラインが止まります。IntelのFoundryが止まります。
NVIDIAのAI用GPU、AppleのAチップ、QualcommのSnapdragon。7nm以下の全ての半導体が製造できなくなります。

代わりに作れる工場は、地球上に存在しません
ゼオライト法の技術移転と設備建設だけで最低4年から6年かかります
その間、世界のAI産業と半導体産業は現状維持が上限になります。新しいデータセンターは建てられても、中に入れるチップが作れません。

そして今、その工場の原料が届かなくなっています

アダマンタン誘導体はナフサを熱分解したときに出るC5留分という副産物から作られます。
中東からのナフサが届かなくなった今年、そのC5留分の量が激減しています。北米から代替輸入している軽質ナフサではC5留分の収率が大幅に下がります。

計算すると、アダマンタン誘導体の生産量は今年、昨年の3〜4%まで落ちている可能性があります。
出光徳山の工場は動いています。しかし原料が来ない
動いている工場が、原料不足で実質的に止まっている。これが今、山口県周南市で起きていることです。

まとめ

フォトレジストは半導体回路を焼き付けるための薬品です。
日本の4社だけが最先端品を作れます。
その理由は30年の秘密ノウハウと、不純物ゼロのパイプライン供給体制にあります。
そして4社全員が、山口県の一つの工場のアダマンタン誘導体に依存しています。
その工場の原料が、今年から届かなくなっています。

半導体のサプライチェーンについては『縁の下の力持ちが消える日』の第5章に詳しく解説していますので、この機会にぜひお読みください。


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