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『漫画家の私、平安宮中の弱小サロンの女房に転生しちゃったのでBL漫画とかを描いて無双します……多分。』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

あらすじ
 令和の時代、そこそこ人気のある女性漫画家、甘味処やよいは過労の為、倒れてしまう。目を覚ますと、そこは平安時代の宮中であった。
 やよいは自らが、七条天皇の三人目の皇后、甘子を盛り立てるサロンに属していることを理解する。ただ、この甘子サロン、明るい清少納言を擁する定子サロン、真面目な紫式部が支える彰子サロンらに押され気味のいわゆる弱小サロンであった。お局さまからなんとかなさいと言われたやよいは困惑しながら、筆と紙を手に取る……。彼女は千年以上も名を残す、稀代の随筆家と天才小説家に対し、漫画で勝負を挑むのであった。

本編

「えっと……」
「あなた!」
「は、はい!?」
 私は慌てて上体を起こす。どうやら机に突っ伏して、気を失ってしまっていたようだ。
「新入りの癖に居眠りだなんて良い度胸していらっしゃいますわね……」
 新入り? どういうことだ、私は『甘味処やよい』というペンネームで大人気……もとい、そこそこ人気のある漫画家だ。女性漫画誌を中心に、多くの連載を抱えている者だ。そんな私が新入りとはどういう了見だろう。
「……」
 私は薄赤色の縁の眼鏡をしっかりとかけ直して、周囲を観察する。周囲に何名かいる女性は皆、私と同世代か、ちょっと上くらいであろうか。皆が黒く長い髪をセンター分けにし、おでこを出している。さらに驚くべきことは女性たちの恰好である。あでやかな色の衣を上に羽織り、その下に五枚ほど衣を着て、腰に巻きスカートのようなものを着けている。ははっ、なんだ、お嬢さんがた、それではまるで平安時代の十二単ではないか。いや……
「へ、平安の都だ!?」
 私が驚きのあまり、ガバッと立ち上がる。私の足元の裾もやや乱れる。私も十二単デビューしているじゃん……周囲が驚いた様子で見つめてくる。
「えっと……」
「……痛い
 私は自らのほっぺたをぎゅっとつねってみる。痛かった。やはりこれは夢ではないようだ。私は頭をフル回転させて、わりと早く――正しいとは言い切れないが、恐らくもっとも可能性の高い――結論にたどり着く……令和の時代の激務がたたり、過労死してしまった私は平安時代の宮中に転生しちゃったのだろう。とりあえずそう考えるのが自然だ。
「はあ、まったく、どうしてここには、こういう女子しかやってこないのであろうか……」
 私たちよりは年齢を重ねた女性が嘆きながら顔を険しくさせる。なんか怖そうだ。お局さんと呼ぼう。
「……ここ?」 
 私は座り直しながら首を傾げる。お局さんの嘆きは止まらない。
「帝が『一帝三后』のかたちを取られてはや数年……皇后一人に中宮二人が併存するというまことに奇妙な状態が続いてしまっている。恐れ多いことではあるが、この状態が続くことは好ましくない……!」
 え……? 一条天皇が皇后定子(ていし)さまの他に中宮彰子(しょうし)さまも正室とされて、『一帝二后』という形式を取ったのは知っている。退屈だった歴史の授業でも平安時代についてはよく勉強した方だからね。しかし、三后って……もう一人は誰?
「す、すみません、今は何年ですか?」
 私は小声で隣に座る女性に尋ねる。女性は戸惑い気味に答える。
「えっ……長弘五年ですが……」
 ……知らない元号だ、たしか定子さまと彰子さまが入内されたのは、長保年間のころのはずだ。これはもしや……。お局さんが話を続ける。
「こちらの甘子(かんし)さまと交流を深めてもらわなければなりません。その為には帝の興味を引くことが肝要……」
「甘子さまっていうのは……あなた、どなたのお子さまかちゃんと分かっていらっしゃる?」
 私は隣の女性に小声で話しかける。女性はややムッとした様子で答える。
藤原道景(ふじわらのみちかげ)さまの娘さまでございます」
「みちかげ……?」
 首を捻る私に対し、女性が問い返してくる。
「まさか、ご存知ないのですか?」
「……定子さまのお父上が藤原道隆(ふじわらのみちたか)さま、彰子さまのお父上が藤原道長(ふじわらのみちなが)さま。道景さまはその二人の弟君にあたる方……」
「なんだ、ちゃんとご存知ではありませんか」
 良かった、当てずっぽうだったが、当たったようだ。しかし、甘子さまも、藤原道景さまも、全然聞いたことが無い……。これはつまり……
平安時代のパラレルワールドに転生してしまった……?
 小声で呟いた後、私は額を大げさに抑える。それにお局さんが気付く。
「そういえば、あなた……」
「は、はい……!」
 お局さんに扇子でビシっと指し示され、私は顔を上げる。
「皆への紹介がまだだったわね。名は……?」
「ええっと……」
 まさかペンネームを答えるわけにはいかない。ここは本名か?いや、個人情報の流出はできれば避けたい……。名前だけ答えておくとするか……。
「どうしたの?」
「名はやよいと言いまして……」
「!」
「ちょ、ちょっと!」
 私の発言にお局さんたちは大いに慌てる。私は首を傾げる。
「え?」
「女子の諱を公にするのは避けねばならないことでしょう!」
「あ、ああ~」
 そういえばそうだったか。しかし、別の呼び名なんて……。覚えていないんだけど……どうしようか……。私はフリーズしてしまう。見かねたお局さんが助け舟を出してくれる。
「……初めての宮仕えですもの、緊張しているのね」
「あ、は、はい……」
 お局さん、結構良い人かも。それでも名前が思い付かない。お局さんがため息をひとつついてから口を開く。
「皆さん、こちらは……」
 お局さんが私を指し示しながら、周りに話そうとする。なんだ、知っててくれてんじゃん。さて、どんな雅な名前だろうか。わくわく……。
鬼神兵庫(おにかみひょうご)さんです、よろしく」
「な、名前厳つ!?
 私は派手にずっこけそうになる。お局さんが話を続ける。
「鬼神家のご出身で、お父上が兵庫寮の頭を務めておられている。極めて妥当な女房名です」
「ははっ……」
 甘味処やよいから鬼神兵庫か……力強さは感じさせるけれど……。
「さて、話は戻りますが、甘子さまの周囲をなんとか盛り立てていかなければなりません。現状はほとんど誰も、こちらには寄り付きません」
 ああ、いわゆる『後宮サロン』ってやつね。ここでの社交的活動、文学的活動の活発さによって、主催者の皇后、中宮の評価が大きく変わると……。
「……」
 皆が黙っているなか、一人の女房が言い辛そうに口を開く。
「定子さまには清少納言さま、彰子さまには紫式部さまがついておられます。いずれも評判の才女・賢女……対抗するのはなかなか厳しいかと……」
 へえ、あの二人が揃って宮仕えしているんだ。実は面識が無かったんじゃないかって聞いたことあるけど……。やはりパラレルワールドのようね……。
「それがなんだと言うのです。このまま指をくわえて黙ってみておいでのおつもりですか? 誰か、我こそは才女・賢女らを凌駕してみせるぞという気概の方はおられませんか!?」
 お局さんの呼びかけに、女房連中は揃って顔を逸らす。逸らし損ねた私とお局さんの目がばっちりと合ってしまった。お局さんがふっと笑う。
「兵庫、自信がおありのようで……」
「いや、自信はないですが……パラレルワールドならひょっとしたらワンチャンあるんじゃないかなって思って……」
「は? パ、パラ……? ワンチャ……?」
「筆と紙をお貸しください……」
「え……?」
「才女、賢女には、『腐女子』で対抗する他ないかと……
「は、はあ……?」
 私の言葉に周囲がざわつく。


 約一時間後……。
「出来ました……」
「こ、これは……絵物語か?」
「これは……漫画というものです」
「ま、まんが……?」
「ええ」
 私は眼鏡をクイっと上げて答える。ちなみに眼鏡に関しても不思議がられたが、祖母の形見だと告げたら、それ以上は聞かれなかった。
「人がなにか白い雲のようなものを吹き出しているが……?」
「おっしゃる通り、ふきだしでございます。ここに書いてある文字がその人の発した言葉でございます」
 私は説明する。この時代の文字に関してだが、何故か問題なく書けた。いや~転生というものは便利ですね~。お局さんがさらに尋ねてくる。
「この所々入った太い線はなにか?」
「それはコマ割りの線でございます」
「コ、コマ割り……?」
「ええ、このように上段の右から左、中段の右から左、下段の右から左……という順番で見ていただきますと……」
「な、なんと!? 人が動いているかのように見える!」
 お局さんが驚く。漫画ビギナーが多い時代だということも考慮し、コマ割りも最低限の簡単なものに留めた。
「……こういうものならいくらでも描けますが
 私は再び眼鏡をクイっとさせる。
「ふ、ふむ……」
 お局さんや他の女房たちが漫画を読み始める。しばらくして……
「こ、これは……面白い!」
「ええ、それでいて美しさを感じさせますわ!」
「と、殿方同士の心の通わせていくさまに惹きつけられる……!」
 評判は上々だ。日本史上初の漫画がボーイズラブになってしまったが。
「まあ、全年齢向けに配慮してあるし……パラレルワールドっぽいからいいんじゃないかな? ……多分」
 私は小声でぼそぼそと呟く。
「なにやら楽しそうですね……?」
「か、甘子さま!」
 お局さんをはじめ、女房たちが一斉に跪く。皆綺麗な装束を着ているが、より一層綺麗な装束を身に纏っている。この子、いや、この方が中宮甘子さまか。整った顔立ちをしているが、まだ中学生くらいに見える。その年齢でもう結婚しているのか。この時代では当たり前のこととはいえ、実際に目にしてみると大変そうだな……。
「皆でなにを読んでいたのです?」
「い、いや……大したものでは……」
 お局さんや、女房たちが手に持っていた紙を慌てて隠す。甘子さまが悲し気な顔をされる。
「隠し事をされるとは……寂しいですね」
「そ、そういうつもりでは……!」
「それなら私にも見せてください」
「……皆、紙を集めて……順番に重ねて……紙の左下に『いち、に、さん……』と書いてあります。そう、そうやって重ねて……お待たせいたしました。ど、どうぞ……」
 お局さんが中宮にBL漫画を差し出す。どういう状況だ……。
「ふむ、絵物語……?」
 腰をかけた甘子さまが紙を持ったまま小首を傾げる。
「漫画というものでございます」
「漫画?」
「はい……こういう順番で読み進めます」
 お局さんが紙を指し示す。甘子さまが頷く。
「なるほど……」
「……」
「………」
「…………」
 しばらく沈黙が流れる。甘子さまが紙をめくる音、読み終えた紙を下にそっと置く音だけが聞こえる。最後の紙を読み終えた甘子さまが口を開く。
「……これを描いたのは誰ですか?」
「こ、この者でございます……!」
 私はお局さんに引きずり出されるように甘子さまの前に出る。
「……見ない顔ですね?」
「本日からお仕えする者でございます。紹介が遅れたこと、誠に申し訳ありません……、さあ、名を名乗りなさい」
「……鬼神兵庫でございます」
 お局さんに促され、私はこの世界での名を名乗る。
「ああ、鬼神家の……たしか父君とご兄弟が兵庫寮に出仕しているとか……本日からでしたか……」
「は、はっ……」
 どうやらそういうことになっているらしい。私はただ頭を下げる。
「それで、この漫画?というものですが……」
「は、はい……」
「……なにこれ、尊い……」
「!?」
 私は思わず顔を上げる。甘子さまが両手で口元を覆っている。こ、この反応は……ひょっとして……?
「……面白かったです」
「あ、ありがとうございます!」
「もっと読みたいのですが……」
「多少お時間を頂ければ、いくらでも描けます」
「それでは、兵庫……よろしく頼みます」
「は、ははっ!」
 私は深く頭を下げる。それから、私は漫画製作の日々を送った。BL漫画だけではあれなので、様々なジャンルのものを書くようにした。簡単に綴じられて、一応本の体裁をなしたものは、まず甘子さまがお読みになられ、それから、お局さん、他の女房たちが回し読みしていった。それぞれ数ページでまとめたため、比較的短期間で量産が可能であった。評判は上々であった。暴れる牛車に轢かれて命を落とした者が他の世界に行き冒険をする話大陸の王朝の宮中で冴えない女官が錬金術を用いて謎解きをしていく話が好評であった。それよりももっと好評であったのが、少年が陰陽術や刀槍、さらには徒手空拳までを駆使して、悪い妖怪たちを退治していく話だった。この本は皆にどんどんと回し読みされ、どうやら宮中の男性たちも見ているようであった。やがて……。
「兵庫……」
「はっ……」
 お局さんに呼び出された私は頭を下げる。
「そなたの描く薄い本、たいそうな評判です」
「い、いや、薄い本って!」
 私は思わず声を上げてしまう。お局さんが首を傾げる。
「厚くはないでしょう?」
「そ、そうでございますね。これは失礼……」
「あの妖怪退治の本ですが……」
「はい」
「……帝も気に入っておられます
「へえ……ええっ!?」
 私は驚く。
「帝が今度、こちらにお遊びに来られます」
「は、はあ……」
「これはまたとない好機、この機会に、帝には甘子さまとより親密になっていただきたいのです」
「はい……」
「そこで、お二方の話の種になるような、新しい漫画をかいてもらいたい」
「わ、分かりました……!」
 しばらくして、私は年若い男女が徐々に心を通わせていく淡い恋物語を提出した。読み終えたお局さんは首をゆっくりと左右に振る。
「違うな……」
「ち、違いますか?」
「これも悪くはないですが、帝はもっと血沸き肉躍る話の方が喜ばれるはず……まだまだ、年若くあらせられますからね」
 ああ、帝もまだ少年なのか……。少年漫画か……やはり王道はバトルものやアクションもの……それを満たしている話は……。私は考えを巡らせた結果、ある答えに行き着く。
「……これだ!」
 再び、私は本をお局さんに提出する。
「……ふむ、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の活躍ぶりを活き活きと描いていますね」
 お局さんが満足そうに頷く。そう、私は『日本書紀』の一部を漫画化したのだ。いわゆるコミカライズである。この本は帝に献上された。
「帝も大喜びでしたよ」
 帝がお帰りになられた後、甘子さまが教えてくれた。
「そ、それはなにより……」
「『今後も励むように』……とおっしゃっておりました」
「は、ははっ……」
「私からもお願いがあります。兵庫の書く漫画はとても楽しいです。これからも沢山描いてくださいね」
 甘子さまがにっこりと微笑まれる。なんとも眩い笑顔だ。この笑顔をもっともっと見てみたい……。
「ははっ! 精一杯頑張ります……!」
 私は元気よく返事をする。平安時代の宮中での転生漫画家ライフがこうやって幕を開けた。

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