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リチャード・マークス『Richard Marx』(UICY-79285)(加筆)

AORに分類される音楽は滋養がなく、部屋の空気が軽薄になっていけないなどと思っていたこともある私だが、2020年12月にユニバーサルから発売されたAOR Light Mellow 1000シリーズのCDは大半揃えた。確かにAORは型にはまったところが多く、面白くないものも多い。ただ、メロディー重視で、人を楽しませようというアレンジを施しているところは否定できない。実験的な音楽も好きだが、時にはストレートな音楽を聴くことも悪くない。2020年以降の私は、AORを見直す時期だったと思う。

私の考えを買えるきっかけとなったAOR Light Mellow 1000シリーズは、最近になって着実に品切が続出している。はじめから生産限定だということになっていたし、いつそうなってもおかしくないとは分っていたが、いざその時がくると身構えてしまう。なにしろ私はこのシリーズのCDをすべて揃えていない。別に揃える必要はないのだが、枚数が少ない方だったし、いつものコンプリート欲が出ているので、その企みが失敗に終わろうしているのを知って平然とはしていられない。

まだ入手できていないアルバムは早急に揃えるとして、今は既に持っているアルバムを改めて聴くことにしたい。ついでにそのアルバムに関する所感も書こう。最後までやれる自信はないので、飽きるまでやるつもりだ。

リチャード・マークス 『Richard Marx』(UICY-79285)
購入日:2020年12月26日

日本での再発状況
1987年:CD(CP-32-5437)、LP(MHS-91229)
1990年:TOCP-6552
1995年:TOCP-3164
1999年:TOCP-53028
2020年:UICY-79285

リチャード・マークスといえば80年代後半の人という印象だ。最も有名だろうRight Here Waitingは、80年代のヒット曲を集めたコンピレーション盤に収録されていることが多い。私がRight Here Waitingを知ったのもコンピ盤によってだった。歌手であるリチャード・マークスについてはよく知らなかった。

今回再発された『Richard Marx』はリチャード・マークスのファースト・アルバムで、ここにRight Here Waitingは収録されていない。Right Here Waitingは1989年のヒット曲だし、『Richard Marx』も1987年に発表された。いずれにしても80年代半ばまでの、明るく楽しい80年代ポピュラー・ミュージックという印象には乗り遅れた感がある。そもそも1987年のアルバムがAOR扱いされていることに違和感がある。AORというジャンルもまた、あってなきがごとしの概念だと言ってしまえばそれまでなのだが。

AORだとかいう以前に、私は80年代後半の音楽にあまり馴染みがない。先ほどから「乗り遅れた」とか「AOR扱いに違和感」とか言っているのは、私自身の戸惑いが大きな原因となっているのだろう。私は2017年からヒット・チャートの疑似体験を続けている。1955年から始めて最後には「現在」まで追いつくという計画だ。私が一時期AORを聴いても面白くないと思っていたのは、ちょうど60年代や70年代前半のヒット・チャートを聴いていたからで、まだAORらしい雰囲気の音楽が台頭していない状況に慣れていたのだ。実際私は未だにポピュラー・ミュージックの全盛期は1965年前後だと考えている。

こうなると1987年に発表された『Richard Marx』は旬を大いに過ぎたアルバムという認識になってしまう。このCDを購入した2020年12月というと、私はまだ1973年にいた。だから最初に『Richard Marx』を聴いても、何も面白いと思わなかった。どこにも引っ掛かりがない音楽だと思っていた。音はすっかりデジタルだし、演奏は完全に抑制されている。これは音楽の死ではなかろうか。プログラミングに支配された音楽はもはや音楽ではない。これでも私の音楽鑑賞の出発はシンセサイザー・ミュージックにある。ただし私が好んだシンセサイザー・ミュージックとは80年前後の、まだ人力中心で作られたものだった。1987年にもなると、シンセサイザーはアナログからデジタルになっている。もはやシンセサイザーを飛び道具として使う者はなく、いたって普通の楽器として用いられている。そこにつまらないものを感じた。私と同じように思っている人は少なくないのではないだろうか。

さて2024年現在の私は、1987年のヒット・チャートを聴いている。リチャード・マークスが登場するのは、秒読みといった瞬間を生きている。かつての私が言った「音楽が死ぬ」までの過程をじっくりと聴き続けたのだ。その上で私が言えるのは、二十年前の音楽の方が好きであることに変わりはないが、80年代後半の音楽もまた悪くないということだ。むしろ装飾過多な1982~1985年の音楽の方が邪道なのではないかとすら思える。87年のポピュラー・ミュージックは無駄なものが取り払われていて面白くないとも言えるが、純粋に曲の良さを楽しむことができる時期とも言えるのではないか。先ほどはシンセサイザーやプログラミングに抑制された音楽と言ったが、87年にもなるとシンセサイザーを使おうとしないバンドも現れている。いずれにせよ音楽の様相はすっかり変わってしまった。

ともかく今の私は1987年の音楽の解読ができる。慣れた耳で『Richard Marx』を聴くと、高品質な曲が揃っていることが分る。全曲をリチャードが作曲に関わっているのだから大したものだ。Lonely Heartという曲のコーラス部分で転調するところなど、確かな技術を感じる。デビュー前はスタジオ・ミュージシャンとしても活躍していただけのことはある。若く才能があり、声もよく出るとなれば欠点がない。大ヒットするのも頷ける。

Lonely HeartとRemember Manhattanの作詞はフィー・ウェイビルが手掛けている。この人はチューブスというバンドのフロントマンだ。1987年にもなるとチューブスの活動は停滞の一途を辿っていたのではないか。思わぬところでフィー・ウェイビルの名前を見て妙に安心している。リチャードはデビュー前にデヴィッド・フォスターのアシスタントを務めており、デヴィッドのプロデュースで制作されたフィー・ウェイビルのソロ・アルバムにも参加していた。リチャードとフィーが共作するきっかけはここにあったのだろう。私はフィー・ウェイビルのアルバムも持っているが特に記憶していることがない。それだけでなく、デヴィッド・フォスターがプロデュースしたチューブスのアルバムも本当に気に入っている訳ではないというのが本当のところだ。『Richard Marx』がデヴィッド・フォスターのプロデュースを受けていないのは、ある意味幸運なことだったのではないか。

今回改めてリチャード・マークスのアルバムを聴いて、ようやく真価が分るようになった。この調子でRight Here Waitingも収録されている二作目も聴きたい。確か昨年、リチャード・マークスのベスト・アルバムが日本で再発されていたので、それを買っても良いかもしれない。

上の文章は2024年12月に書いたものだ。私の音楽探求の路は無事1987年の9月に達している。果たしてリチャード・マークスはシングル・チャートに登場した。デビュー・シングルにして大ヒットしたDon't Mean Nothingだ。

適度にハードで爽やかな曲で、最高3位を記録した。曲調とはうらはらに、歌詞は音楽業界に辛辣で、そのひねりも効果があったのだろうか。歌い出しから明らかになっている通り、舞台はハリウッド。さもありなんという具合で、ロックンロールにおいて音楽の都は長らくハリウッドにあった。それは1960年代に始まる。フィル・スペクターやブライアン・ウィルソン、それから優秀なスタジオ・ミュージシャンなど、数多くの優秀な人材がハリウッドの音楽業界を盛り上げた。数多くのスターが現れたが、その実態は裏方の人間に支えが前提の、操り人形だった。操られる側としては不服に思う面もあったのだろう、モンキーズやアソシエイションのように抵抗する者も現れた。そうした動きと同時に、サイケデリックの潮流によってバンドは独力で演奏する力を身に着けはじめ、それまでのスタジオ・ミュージシャン全盛の時代は過ぎようとした。そうした時代と比較すれば、70年代、80年代の音楽はスターが自分の力で切り抜けることができるようになったと言えるかもしれない。とはいえリチャード・マークスはバンドでやっているわけではなく、ファースト・アルバム『Richard Marx』も多くの人の支えを受けて成立している。それは必ずしも悪いことではないのだが、80年代になっても依然として音楽業界が時に軽薄な状態のまま成立していることも確かだった。思えば80年代はシカゴやスターシップのように、かつてのバンド活動から一転した、それこそ操り人形状態の、徹底的な外部からのプロデュースを受けた音楽を出して再びスターダムにのしあがった時代でもあった。だから80年代は60年代の回帰なのではないかという、以前から私がもっている考えを当てはめることができそうだ。このような時代にリチャード・マークスはデビューした。
Don't Mean Nothingはハリウッドにてスターを目指す若者に呼びかける形で歌われており、ミュージック・ヴィデオの演出も概ね歌詞に沿っている。とはいえこの歌は、リチャード・マークス自身にも向けられている。リチャードはそのことを自覚した上で、この曲を作り、歌ったに相違ない。さてリチャード・マークスが濁流のごとき業界をうまく切り抜けたのかというと、それは今の私には充分に理解しきれないところだが、少なくとも数年は同じ勢いを続けられたことは確かだ。
実際に1987年のヒット・チャートを聴くと、ストレートにラップで統一された曲が上位に位置しているのだから、それまでの音楽に親しんでいた身としては当惑せざるを得ない。LL・クール・JのI Need Loveを聴くと、殊更にそう思う。そんな中でリチャード・マークスのファースト・アルバムからはこれからもシングル・カットが続き、ヒットすることだろう。その模様を眺めないわけにはいかない。


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