『祖母と井戸』一番管理が必要だったのは井戸じゃなく、私だった
家の裏に井戸があった。
祖母はその蛇口の下に、自作の浄水器を取り付けていた。
大きい石、小さい石、砂。理科の教科書みたいに層を作り、最後に穴を開ける。
水はそこから、やる気のないサラリーマンみたいに、ゆっくり出てくる。
自然の理屈だけで動く装置だった。
そしてこの井戸、実はちゃんとしたルールがあった。
「生水は禁止。沸かせば、飲んでOkay」
近所にもちゃんと共有されていた、れっきとした地域の取り決めである。
むしろ普通にコンプライアンスがしっかりしていた井戸だった。
でも、6歳の私は夏になると、あの冷たさと喉ごしの魔力にまける。
だから、私はそのまま生で飲んでいた。
お腹にも優しい冷え具合、味もまろやか。
琺瑯のカップを手にした瞬間、理性も規約も同時にすっ飛ぶ。
「少しだけなら大丈夫」が合言葉だった。
近所中が、ルールを律儀に守る中、6歳児だけが独自に「生のままイケる」という非公認プランを個人施行していた。
お腹は、もちろん、なんともなかった。
子どもの内臓というのは、昭和の井戸水程度ではビクともしない、謎の耐久性を持っている。
大人たちは、沸かして淹れたコーヒーも紅茶も美味しいと言っていた。
私の朝の恒例、梅干し入りのお茶も、なぜか美味しかった。
みんなちゃんと沸かしていたのに、私だけ生でショートカットしていたことを、誰も知らなかった。
祖母は井戸を"浄化"していたというより、ただ丁寧に水を通し、
ちゃんとルールも作っていた人だった。
それを平然と無視していたのが、他でもない孫だった。

30年後、こっそり生水を飲んでいた話を父にした。
「何事もなくて良かった」
父はそう言ったあと、妙なことを付け加えた。
「お前に何かあったら、周りの井戸が全部使えなくなったんだぞ」
‥‥‥はぁ?
沸かすとか沸かさないとか以前に、そんなスケール感だったとは。
どうやら私は、ルールをたった一人で無視し続け、地域インフラを左右しかねなかった、6歳児だったようだ。
私は、水脈という見えない世界に、こっそり足を突っ込んでいたらしい。
歴史に「井戸を枯らした6歳児」として刻まれていたかもしれない。
あぶなかった。
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ありがとうございました。
