〜社(やしろ)地域〜800年前の柱が残る小さな集落へ
今日は岡山県真庭市にある
湯原温泉の近く、社(やしろ)地域へ、初めて訪れた。
社地域は昔ながらの中山間地域の風景の中に、
中世の遺産、文化が多く残るとても貴重な地域だ。
特に、岡山県内の11の式内社のうち8社が集中していることで
知られていて、古くから重要な土地だったことがうかがえる。
平安時代、朝廷から重視された格式が高い神社は「式内社」と呼ばれていました。社地域には、県内11の式内社のうち8つが集中しており、中世の歴史が残る貴重かつ神聖な場とされてきました。
今日訪れた目的は、
寿永4年(1185)に創建されたと伝わっている、
大御堂 -おみどうー
の調査・修復作業についての報告会に出ることだった。
茅葺の上にトタン屋根をかけた
ボロボロのお堂。
相当古く、いつ倒壊してもおかしくない建物。
しかし、実は
12世紀末、平安時代後期に伐採された木材が残る、
岡山県内最古の木材を使った建造物だった。
ぼろぼろで、歴史も忘れかけられている
ちいさなお堂に、実は800年以上前の木材が
未だに残っていたということに、心揺さぶられる。
補修作業がこの2月から始まり、
また人々が集える場所になっていく。
蒜山には茅刈りの伝統も残っているので、
ゆくゆくは茅葺きも復活させられたらとの思いの元、
まずは、土台を固めることができるそうだ。
帰りに、
佐波良・形部神社(県社) ―さわら・かたべじんじゃ(けんしゃ)―
にお参りしてきた。
江戸時代までは「大社(おおやしろ)とよばれた神社。
古く清々しい、場所だった。
樹齢900年が悠々と力強く、
古くから、人々の祈りや神様が宿っていた
土地の清らかさが伝わってきた。
後から調べてみると
歴史ある神社だったことがよくわかった。
現在、社地域の式内八社の中では最も大きな意味を持つ神社であり、(中略)
本殿の裏側には、石積の祭祀遺構(さいしいこう)が残っています。年代は不明ですが、周辺には奈良時代の土器も出土しており、古くから信仰の場であったことがわかります。
なお、神社前の田は、「大社ノマエ」と呼ばれており、参道・鳥居の両脇の田は、かつては牛を使わず鍬(くわ)だけで耕し、牛糞ではなく枯葉や草を肥料としていました。このように、神域では、清浄さを保つことが徹底されていました。
また、境内にはモミと杉の木が根元で結合している「縁結び之木」、樹齢千年とも言われる県下屈指の巨樹「佐波良の大杉」があります。
知らない人から見れば、田舎のどこにでもありそうな里山。
そんな集落の中に、
これだけの歴史と人々の思いが受け継がれていて、
人々の手で守り続けられている。
人の力って、偉大だ。
名も知らない、たくさんの人たちが
お堂に、神社に、お寺に集い
神仏に祈りを捧げ、祭りを起こし
脈々と、土地と文化を守り続けてきた。
今は散って神となった人々も
今目の前のこの景色と、同じ風景を感じ、守ってきたと思うと
とても心が和らぎ、力を授けてもらったような気がした。
また、お参りに行こう。
社地域では地元のガイドの方々による、ガイドツアーもあり、
歴史や寺社仏閣に関心がある方にはとてもおすすめ。
近くの湯原温泉と共に、探索はいかがでしょうか?
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