アゲハ幼稚園
サナギから蝶へと羽化する瞬間を初めて見た。
羽化とは、まさに天女が羽衣を纏い空に還っていくような美しさだった。
林に飛び去って行ったクロアゲハが、2日続けて美人の嫁さまを連れて戻ってきた。
サーッとやってきて、ヒラリ、と美しい羽を閃かせてあっという間に飛び去っていった。
すばやい。ツバメのように鮮やかに飛翔する。
その後、ツバメを見ると、は!アゲハか?と目を凝らすようになった。
先に旅立ったナミアゲハたちも連れだって里帰りしてくれた。
こちらは、クロアゲハほど早くは飛ばない。ヒラヒラ、という感じで穏やかに飛ぶ。
いつも旅立ったアゲハ蝶のことばかり考えているので、アゲハ蝶の視認能力が上がったような気がする。
視界の端にヒラリと影が見えれば、「あ!アゲハだ!」と飛び上がって喜んでしまう。
羽化したあとは2週間ほどの命らしい。
天敵も多い。仲間も少ない。
よくぞ運命の相手を見つけて連れてきたね。
巣立った場所を覚えて戻ってくるのは、記憶能力か、それとも匂いで覚えているのか。
旅立つ前に、初めて見る世界を興味深そうに大きな目で見つめて、頭をぐるりと巡らせていた姿を思い出した。
その眼に映る世界はどんなふうなんだろう。
迷いなく世界と対峙し、生を全うしようとする命。
アゲハ蝶の生態に興味がわき、調べはじめた。
アゲハ蝶の卵は丸いレモン色をしていることや、見慣れたアオムシの姿は最終幼齢(第五幼齢)の姿であること。
卵から孵化して第四幼齢までは、鳥のフンに擬態していることを知った。
それで、レモンの木を見に行ったら、卵らしきものを見つけた。

1ミリに満たないレモン色の卵。
1ヵ所に1個、ポツンと生むんだね。
たくさん並べて生むのかと思っていた。
それから、卵はどうなったかな?と気になって、何度も卵を見に行った。
2日後くらいに、長さ3ミリくらいの幼虫を見つけた。

幼虫はジーッとしている。アオムシの姿とは全然違う。
確かに、小鳥のフンにそっくりだ。
たまに葉っぱの端に行って、くりぬくように葉っぱを食べていた。

山椒の木にはいないかな?と見に行ったが、透明の羽をした奇妙な虫がいるだけで、卵や幼虫の姿はなかった。


スケバハゴロモ、漢字で書くと「透葉羽衣」と、アイドルの名前みたいになる。
そういえば、山椒の木に変な虫がいるんだよ、と母が教えてくれたことを思い出した。
白いふわふわの綿みたいなものが山椒の木についていて、枝の先などでつつくとピョーンッと大きく跳ねる。
カイガラムシの幼虫かと思っていたが、どうやらこのスケバハゴロモの幼虫らしい。
山椒の木の汁を吸ってしまうので、あんまり綿を放っておくと木が弱ってしまう。
山椒の木を庭で育てるのは難しく、日が当たり過ぎる場所に植えた山椒の木はどんどん枯れて、いまや枯れかけの山椒の木が一本残るだけ。
そういえば、山椒の木って、うっそうとした山の中に生えているよね。
もともと日陰が好きな木なのだろう。
日陰になる方に植えた木は青々としているが、それでもそんなに葉っぱは多くない。
アゲハが卵を産めるように、山椒の木の健康管理もしなくては。
それから、山椒の木についた綿を見つけ次第歯ブラシでこそげ落とすようにした。
わー!見つかった!みたいに、ピョーンッと飛んで逃げていく白い綿。
ある日、山椒の木を掃除していると、ブブブ、という不穏な羽音がした。
見ると、バッタが蜂に捕まって攫われるところだった。
えー!😱
蜂の身体より大きいバッタが、なすすべもなく蜂に連れ去られ、エアコンの室外機の裏に引きずり込まれて行った。
え?まさか、そこに巣があるの?
とりのなんこ先生の「とりぱん」というコミックエッセイで読んだ話を思い出した。
蛹になったアゲハの羽化を楽しみに待っていたら、中身が食われて空っぽになっていた、という話だ。
あれ、寄生蜂なのかな?
調べてみると、鳥、蜘蛛、カマキリはもちろん、寄生蜂、寄生バエなど、アゲハ蝶の天敵はあまりにも多い。寄生バエ?
寄生バエは、アゲハの幼虫が食べる葉っぱの裏に卵を産み付ける。それを葉っぱごと食べたアゲハは中から寄生されてしまうのだそうだ。
ちょっと気が遠くなってきた🥲
また山椒の木のお世話をしていると、ブブブ、ガリガリ、という音がした。
見ると、敦盛草や梅花カラマツ草のための日除けをかける柵に、お椀状の小さな蜂の巣がくっついていた。アシナガバチの巣だ。
何故か自分の巣をガリガリかじっている。スナック菓子を食べてるみたいな音がする。
お腹空いてるの?それとも、巣の補修をしているのかな?
蜂の巣があるのは山椒の木のすぐそばだ。これでは、アゲハの幼虫は肉だんごにされてしまう。
先日無事に羽化したクロアゲハは、母が山椒の木で見つけた時は立派なアオムシになっていたらしいが、よくこんな外敵だらけのところで生き延びたなあ。やられる前に保護したのはよかったかもしれない。
そんなことを考えながら庭を眺めていたら、山椒の木がある方向に向かって、カマキリが「ぬきあーし!さしあーし!しのびあーし!」とゆっくりゆっくり進んでいった。
えーっと、いつもその歩き方なのかな?
全然前に進んでいない🤣
何か見覚えがあると思っていたら、なかなか進まない鳥、アメリカヤマシギのダンスににているのだ。
そういえば、レモンの木のそばにもカマキリがいた。
大きな蜘蛛もいた。
そういえば、うちの庭にはあちこちに蜘蛛がいる。
母が、レモンの葉が2枚重なっているのを見つけて、よーく見ると蜘蛛が巣をつくって隠れていた。
みんな、アゲハの幼虫を狙っているのかしら😅
そう考えると、心配でしょうがなくなった。
それで、もしアゲハの幼虫をみつけたらお迎えしてみようかね、と母と話した。
少し大きめの虫かごを買って、羽化の時の足場になるように、虫かごの壁1ヵ所に鉢底ネットを取り付けた。天井は細かいスリットが入っているから、このまま足場になる。
木の枝もいくつか張り付けてみた。


そして、まずはレモンの葉っぱにいたアゲハの幼虫を保護した。

危険がいっぱいの場所にある山椒の木にも、小さなアゲハの幼虫を見つけた。
わー!大変だー!カクホー!と言ってさっそく保護した。


そういえば、枯れかけている家の裏の山椒の木はどうかな?と見に行った。
枯れて茶色くなり、かろうじて残った葉っぱの上に、結構大きい幼虫がいた。
いつの間に?全然気がつかなかった!
2年前くらいは3本くらい山椒の木が健在だった。今は枯れかけの木が1本だけ残っている。
こんな枯れかけの木に卵を産むなんて...
過去の記憶は代々受け継がれているのだろうか。アップデートしないのかな?
アゲハの幼虫は脱皮をしながら大きくなる。
アオムシはサナギになる前の最終形態で、アオムシになる前に4回脱皮をする。
これだけ大きければ、アオムシになるのも間もなくだろう。



枯れかけた山椒の木にいた幼虫は、なんだかあんまり動かない。
大丈夫かな?寄生虫にやられてるのかな?
心配になって何度も見に行ったら、自分で好きな場所に移動していた。
そして、「うるさいよ」と言うように頭をカッカッと動かして怒った。
あ、大丈夫そう。
アゲハって、意思表示がはっきりしてるよなあ。
怒って威嚇してくるところがかわいいよなあ。レッサーパンダの威嚇みたい。
そのうち、なんだかモゾモゾ動き始まって、服を脱ぐようにするりと脱皮した。
気がつくと、鳥のフンみたいな色からアオムシになっていた。
えー!そんなに急に変身するの?
すごい!脱皮するところを初めて見た。
急いで撮影したが、すでに脱皮は完了し、おしりをフリフリしているところだった。
動かなかったのは脱皮の準備のために眠っていたかららしい。
脱皮はとても体力がいるのだな。
その後、脱皮した殻はいつの間にかなくなっていてので、食べてしまったのだろう。
最終幼齢までは、脱皮した皮は食べて栄養にするようだ。痕跡を消して鳥などに見つからないようにするためでもある。
生き残りに全振りする真っすぐな命よ。
さて、アオムシははらぺこらしく、すごい勢いで新鮮な葉っぱを食べ始めた。
まさにはらぺこアオムシ!
ピーラーで削るみたいにきれいに食べる。
かと思うと、食べるのを止めてピクピク動きながらお昼寝を始めた。
…面白い🤣
アゲハ幼稚園は、最初はレモン組、サンショウ組ときれいに分かれていた。
フンも、サンショウ組は真っ黒、レモン組は緑色のフンをしていた。
が、そのうち自分たちで自由に動き回って、好きな葉っぱを食べるようになった。
フンの大きさも目に見えて大きくなっていった。
サンショウの葉はあんまり水あげしないから、より長持ちするレモンの葉を食べてくれるのは助かる。
葉っぱの補充には最新の注意を払う。
極小のアゲハの幼虫がついていないか確認したあと、葉を枝ごと念入りに洗う。
枝の根本にコットンを巻き、追加のコットンで小さな瓶に固定する。
枝に水をたっぷり吸わせてから、古い葉に触るように置いておく。
すると、古い葉を食べ尽くした幼虫は自分で新しい葉に移動する。
そのうち、つぎからつぎへとアオムシに脱皮していった。




母が、この触覚は蛇の舌に見せてるんだね、と言う。
なるほど、そういえば、アオムシの姿は蛇への擬態だ。大きな頭。目のように見える模様。そして二股に割れた角。
位置的にも、角の場所は、蛇の舌のあるあたり。母の洞察力にはいつも感心する。
思えば、アゲハは幼虫の頃から、鳥の糞に擬態したり、蛇に擬態したりして、天敵の鳥への対策に全振りしている。
でも、寄生蜂や捕食昆虫への対策はしていないようだ。
さて、モリモリと葉っぱを食べてモリモリとフンをしていたアオムシたちは、6日目くらいで次々にサナギになっていた。


蛹になる直前、アオムシは黒い下痢状のフンをする。
「ガットパージ」といい、身体の余計なものをすべて出し切って、蛹になるために体内を整えるのだ。そして、羽化するにはどこがいいかな、とうろうろと歩き回る。
ここだ!と場所を決めると、糸をかけて身体を固定し、前蛹という、蛹の前段階の姿になる。
前蛹から一日後、完全な蛹になる。
その時に古い皮を脱ぎ、できるだけ下に落とそうとお尻をエイエイッと振る。
今回、蓋の裏で蛹になったアオムシたちは、上手に皮を下に落としたらしい。
クロアゲハの時は、蛹のお尻に古い皮がくっついていた。
これから10日~2週間ほどかけて、ゆっくりゆっくり蛹の中で蝶へと変身していくのだ。
セミの声を聴きながら、鳥の囀ずりやヒグラシの声をBGMに、ハゴロモを纏って空に飛んで行ける身体に変わって行く。
どんな蝶が現れるのだろう。
とても楽しみだ。
どうぞ無事に羽化しますように。
