もう一度会いたかった旭川の『べてい』
初めての旭川スキー
2024年の2月、我々はパウダースノーを超えるシルキースノーを求めて旭川にやってきた。ゴンドラで山頂まで登ると広がるのは壮大な眺め。白い風景を青々と横切る石狩川を見下ろしながらたくさん滑った。

しかし、2日目は前日の春のような暖かさから急転直下。
山頂付近は吹雪でホワイトアウトしていた。


我々は広くてなだらかな素晴らしい初心者コースをずっと滑った。
視界も良くなってきて、遠くに白い山々、大地を縫うように青々と流れる石狩川が見えた。
初心者コースは広くちょうど良い斜度で絶景を眺めながらずーっとずーっと滑ることができる。 それから3時までヒャッホウと言いながらたくさん滑った。
ふらりーと
夜は、ホテルのスタッフさんから教えてもらった「ふらりーと」に行ってみることにした。2月の旭川は、雪で覆われる歩道がライトアップされた灯りに映えてとても綺麗だった。

我々は、提灯の灯りに照らされた狭い小道に所狭しと飲食店が並ぶ「ふらりーと」までやってきた。


我々は、有名な「蜂屋」さんで黒いラーメンを食べた。壁にズラリと芸能人のサインが並んでいた。




2024年のべてぃ
ラーメンの後味でビールが飲みたいね、と言いながら『ふらりーと』を歩いていると、炭火で焼いた鶏肉のいい匂いがしてきた。
我知らずクンクンと匂いを嗅ぎながら導かれるようにその店に辿り着いた。
扉が閉まっているので中の様子がわからないが、とても賑わっているようだ。
しかし、なんだこの匂いは、意識が全部もっていかれる。たまらん。
おかしいな、ラーメンでおなかがいっぱいのはずなのに。
いつもなら、入りづらそうなお店には絶対に入れないチキンな我々なのだが、その時は違った。
「ううう、いい匂いすぎる。ちょっと覗いてみようか」
相棒も、珍しく「うん」と言った。
よし、開けてみよう。
私たちは2匹のハムスターのように震えながら、恐る恐るその扉を開けた。
扉を開けたとたんに、賑やかで温かな店の空気と美味しそうな焼き鳥の匂いに包まれた。カウンターにずらりと並んだ人々が一斉にこちらを見た。
わー、やっぱり混んでるよね・・・
「あ。。2人なんですけど、空いてますか・・・?」
だめでもともと、と思い、蚊の鳴くような声で尋ねると、カウンターに座った人たちが席をちょっとずつずらして、「どうぞ、座れますよ」と一斉に言ってくれた。まさか、入れるとは思っていなかったので、おずおずとちょうど2人分開けてもらったスペースに小さく座ってみた。
その店は、優しい女将が一人で切り盛りしている、「べてぃ」という焼き鳥屋さんだった。地元に愛される人気店で、女将が次々と入る注文に慌てることなく粛々と確実に対応し、実に美味しい焼き鳥を提供してくれる。
お客さんみんなが、女将を「おかあさん」と慕い大切に守っている、そんな感じのお店だった。

カウンターの向こうで一人切り盛りしているべてぃさんは、次々の注文が来ても冷静に着実に美味しい焼き鳥を焼いてくれる、働き者の小粋で明るい女将だった。店名の「べてぃ」のイメージにぴったりだった。

「新子焼き(しんこやき)」とは、若鶏の手羽を含む半身をそのまま素焼き(または直火焼き)にした料理である。戦後まもない昭和20年代、旭川市の飲食店で「安くて栄養価の高いものを」と考案されたのが始まりと言われている。
名前の由来は諸説あるのだが、出世魚のコハダの幼魚を「シンコ」と呼ぶように、「若鶏(新しい子)を使うから」という説が有力だ。そういえば、高知で食べたことあるぞ、「新子」。あれは、メジカ(スケソウダラ)の幼魚だった気がする。臭みがなくプリっとして美味しかったなあ。
そうか、若鶏を使うから新子か。もう美味しい焼き上がりしか想像できない。
これは楽しみだ。
新子焼きは、注文を受けてから焼き始めるので、焼き上がりに20分ほど時間がかかる。
まずは生ビールを頼んだ。サービスでたくあんを一緒に出してくれた。

新子焼きを待っていると、私の右隣にいたOLさんらしき淑女2人が話しかけてきた。
どちらから?に始まり、パウダースノーを越えるシルキースノーを求めて旭川にやってきた、という話をしたら雪の話で盛り上がった。
相棒の左隣にいたサラリーマンの紳士が、雪かきをしないと会社にいけないくらい雪が積もる話や、ちょっと前はマイナス20度の日もあったんだよ、と話してくれた。
お隣に座った女性たちが「鳥の牙」や「チャップ」、「かしわ」もおススメだと教えてくれた。 全部たべたい!次回はまっしぐらに「べてぃ」さんを目指そうと心に決めた。
新子焼きを待っている間に注文したつくねと豚串も絶品だった。

ビールを飲みながら話に花が咲いている間に、新子焼きができあがった。
べてぃさんが、食べやすいように一口大に切ってくれた。

柔らかくて炭火で焼いた香ばしさと甘辛のたれが合わさって最高にうまい!
半身なので、胸やモモ、手羽などいろんな部位のそれぞれの触感や味わいの違いも楽しめた。何より匂いがいい。寒い外の気配を感じながら、なごやかで温かいお店で肩を寄せ合って食べる新子焼きの美味しさと言ったら。
席数が少ないから、お客さんたちは、自分の分が食べ終わったら次々にやってくるお客さんに席をゆずって帰っていった。朗らかな淑女お二人が「次は鳥の牙、チャップ、そしてかしわも食べにきてくださいね~」と言って上機嫌に帰って行き、相棒の左隣に座った紳士も、自宅で食べるお持ち帰り用の焼き鳥を受け取って、「では、旭川を満喫していってくださいね」と帰って行った。
我々も、次に訪れるお客さんのために、新子焼きを食べ終わったところでホテルに帰ることにした。
「ありがとうございました!すごく美味しかったです!」
そういうと、べてぃさんは、美しい笑顔で、ニコリ、と微笑んでくれた。
知らない土地で、このお店に入れたのは本当に幸運だった。 美味しい焼き鳥と、地元の常連さんたちとのおしゃべり。
美味しく楽しい、旅先で出会ったかけがえのない時間だった。
我々は気持ちも身体もポカポカになって、粉雪舞い散る中、ライトアップでキラキラと輝く街を幸せな気持ちで歩いた。
来年もまた来よう、べてぃさんに会いに。
イルミネーションに照らされる旭川の夜空にそう誓ったのであった。

2025年の旭川
2025年の2月初め、我々はまた旭川にやってきた。
今度こそ、さらっさらのシルキースノーを満喫するためである。
2月初旬の雪は本当にふわっふわのさらっさらだった。
雪も素晴らしいが、山頂から眺める旭川の町の美しさに見惚れた。

我々は、2日間のスキーを無事に終えて、今度こそ予約をしてから「べてぃ」へと向かった。予約の時間の前に、旭川駅前周辺をお散歩することにした。
旭川は雪まつりの準備で去年よりも華やかな雰囲気に包まれていた。
駅前には無料のスケートリンクが開放されていた。靴も無料で借りられるのだ。




キラキラのイルミネーションを見ながらスケートなんて素敵!とテンションがあがった。
しかし、いざ靴を履いてみると、リンクまで歩く時にすでにオットット、という感じ。そして一歩リンクに足を踏み出したとたんに、ツルっと転びそうになった。怖い!私は手すりにしがみついて一歩も動けなくなった。
昔は転んでも「あ、転んじゃったな、てへへ」くらいで済んでいたが、今は転ぶことがとても怖い。
歳をとったな、と実感することは普段あまりないのだが、転ぶことへの本能的な恐怖を感じると、ああ、これが歳をとるということか、と思う。
たぶん、転んだらすぐに怪我や身体への負担につながるのだろう。
なるべく、転ばないように暮らしたい・・・というわけで、私は相棒に、「もう無理」といって早々にスケートリンクから退散した。
相棒は私を馬鹿にしながら、すーいすーいとリンクを何周か楽し気に滑っていた。
ちなみに、旭川では、冬の間、駅前の公園などで歩くスキーもできるらしい。スキー板も借りられるようだ。


いつか、スキー場以外のウィンターアクティビティもやってみたい。
さて、スケートの後、我々はライトアップされた通りを歩いて旭川市5条通7丁目を目指した。










そして2025年のべてぃ



『べてぃ』さんのお店からは相変わらず香ばしい、いい匂いが漂っていた。
「こんばんは~」
初めての時よりも自信をもってカラリ、と戸をあけた。
焼き鳥のいい匂いと店内の温かい空気に包まれていた。
「いらっしゃい」という笑顔で迎えてくれるべてぃさん。
ああ、今年も会えてよかった・・・
そして、入口に一番近い席に、昨年出会ったあの紳士が座っていた。
「いらっしゃい。今年も来たんだね」
紳士はそう言ってニコリ、と笑った。
私たちは、懐かしい友人に会ったように嬉しくなった。
私は、その紳士を「一番席の紳士」と心の中で呼んでいた。
去年の旭川スキーや、ベティさんの焼き鳥についてのVlogを作った話を伝えると、ベティさんは焼き鳥を焼きながら嬉しそうにニコリと笑って、なんてチャンネル?と聞いてくれた。
一番席の紳士は、今年の雪はどうでしたか?と聞いてくれたので、そのあとひとしきり、ホワイトアウトではぐれてしまった話や、今年の旭川の雪の積もり具合、雪まつりや駅前のスケートリンクの話、そして明日の予定などを話して盛り上がった。
すでに予約したときに新子焼きだけ頼んである。それを焼いてもらっている間、我々は昨年食べて見たかった焼き鳥を全部頼んでみた。



砂肝・鶏レバー・キンカンを一度に楽しめる

新子焼きが来たところで、「一番席の紳士」は、お持ち帰り用の焼き鳥を受け取って「ではまた来年」と言って帰って行った。また来年も、ここで会えるかな?




すっかり満腹になった。
ベティさんに「ありがとうございました!全部最高に美味しかったです!」と伝えると、ベティさんは「ありがとうございました。また来てね」とニコリと笑った。
我々は、来年また来ようと心に誓ったのであった。

べていMy Love 2026年冬
そして2026年を迎えた。
今年も2月に旭川に来たのであった。
2月も終わり頃なので、もう雪まつりも終わっていて、スキー場の雪も緩んでいた。なんとか冬に間に合った感じである。
今回もべてぃへ・・・私たちの心は踊っていた。
電話をしようとべてぃさんを検索していたとき、相棒が言った。
「べてぃ、閉店だって・・・」
え・・?
私は相棒のことばに茫然と立ち尽くした。
閉店しちゃったの・・・?
まさか・・・?
私は、ワンオペを鮮やかにこなす優しいべてぃさんの姿を思い出した。
昭和26年創業、2代目べてぃさん。いつもそこにいてくれると思っていた。
ああ、故郷のように思っていた場所が、なくなってしまった。
私たちは、ジンギスカンのお店を予約していくことにしたが、なんだか味気なかった。話しかけても目をあわせず、投げるように肉を置いていく。去年もなんだか味気ないな、と少し思ったが、今年は、来たことを後悔するレベルの味気なさだった。
お肉は美味しいけど、貧しい気持ちになった。3年間続けて来店していたが、もうジンギスカンはいいや。
べてぃさんが閉店してしまったことが、そのとき本当に寂しいと思った。
わたしたちは、ジンギスカンのお店を出た後、なんの目的もなく「ふらりーと」に立ち寄った。




そこにいたんですね(泣)
「ああ、お店が、残ってるね」
いい匂いの煙がない。
でもお店はまだ残っていた。




私たちは、べてぃさんにお別れをして「ふらりーと」を後にした。
店内でいつも持ち帰り用の焼き鳥を待ちながらひっそり飲んでいたあの「一番席の紳士」は、「べてぃ」が閉店しまったら、どこで飲んでいるのだろう。
もう一度会いたかったな。
べてぃさんにも、一番席の紳士にも。
旭川のあったかい場所の象徴みたいな場所だった。
去年、閉店前にいけてよかったね、と我々はお互いを慰めあった。
もしかしたら、私たちの旭川の物語は、べてぃさんと共にひとつの終わりを迎えたのかもしれない。
ありがとうべてぃさん。
そして、本当にお疲れさまでした。
べてぃさんの新子焼きは、永遠に世界一です。これからもずっと。
