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神田祭を日本橋で観覧

2025年5月10日(土)
朝から雨がふっていた。

今日はおこもりかな?なんて思っていたが、相棒が、今日は神田祭らしいよ、というので、午後からいってみることにした。

最初は神田明神に直接いこうかと思っていた。

ちゃんと観に行ったことがないので、どう観覧するのが正解なのかがわからない。

それで、一応調べていくことにした。

5月10日(土曜日)は神幸祭(しんこうさい)が開催されているらしい。

朝の7時50分に神田明神を出発した神幸行列や御神輿が、お茶の水、神田を練り歩き、江戸の守り神様、大手町一丁目の将門塚の将門様に参拝した後、秋葉原を巡行し、日本橋で附け祭(つけまつり)の行列と合流する。

附け祭と合流した神幸行列は一斉に神田明神を目指して進んでゆくのだ。

神田、日本橋、秋葉原、大手町・丸の内の氏子会を巡る神幸祭の巡行距離はなんと30キロにも及ぶという。

すごい!そんなに過酷なお祭りだったとは知らなかった・・・

行列が神田明神に戻ってくるのは予定では18:30頃だそうだ。

日本橋で合流する附け祭は、創作山車や武者行列、踊り、江戸伝統芸・太神楽、仮装行列などで構成されるパレードである。

私たちは相馬野馬追の騎馬武者の行進が観たかったので、附け祭が合流する日本橋で行列を待つことにした。

日本橋三越を背に、たくさんの人たちと一緒にひたすら神幸行列を待った。


まだかな、とみんなで待っている。

17:00頃、先頭から神田明神の一の宮鳳輦(だいこく様)・二の宮神輿(えびす様)・三の宮鳳輦(将門様)が登場し、平安装束を身にまとった神職、巫女、氏子の方々が通り過ぎた。

江戸時代より一番山車を務める諌鼓鶏山車(かんこだし)。

鶏の前に立つ大国様と恵比寿様が観覧する人々へ幸福を授けてくれるそう。大国様は打ち出の小槌を盛大に振っておられた。

獅子頭山車(ししがしらだし)

一の宮鳳輦(ほうれん)


二の宮神輿


三の宮鳳輦。

平安時代の衣装と、厳かな鳳輦、神輿の行列を間近で見ることが出来てよかった!

その後、くるくると傘で玉を回したり、2つの撥を空中で回転させる投げ技を繰り出しながら太神楽が通った。

皆様上手!

鎧武者や薙刀を構えた女武者の行列が威風堂々と近づいてくる。カッコいい!

そして、やっぱり騎馬武者がひときわ素敵だった。

輝く甲冑に身を包み、気高い姿勢で騎乗した武者たちは、風にはためく旗を背に、群衆の中を堂々と進んでいった。 ああ、なんとカッコいい!

ナマズの旗めんこい!

続いて、大黒様と恵比須様、浦島太郎の山車がやってくる。

優しそうな、可愛らしい恵比須さまと大黒さま。

これまたかわいい浦島太郎とカメさん

そして、桜を満開に咲かせながら花咲か爺さんの山車が近づいてくる。

「日本に花を咲かせましょう」

桜の花びらがひらひらと舞い、私の心も花が咲いたように明るくなった。

花咲か爺さんが咲かせた桜の一枝を持つように、日本髪の着物の女性たちが、花の枝をもって優雅に踊っている。

その後ろから銭湯の形をした山車が、ひときわにぎやかに近づいてくる。

すごい!銭湯がシャボン玉を飛ばしながら近づいてくるよ!

チラシをもらいました。

銭湯で実際に使われていたもので作った山車だそうです。

銭湯好きとしては、たまらない山車でした。素敵すぎる!

なんと華やかで、賑やかで、楽しいお祭りでしょう!

そのあと、私たちは日本橋三越に入り、本館1階の吹き抜けのホールに天に昇るようにそびえる天女の像を観に行った。

美しい吹き抜けのホールに巨大な天女像が聳える。


大正から昭和にかけて数々の名品を作ってきた、福島県相馬市出身の彫刻家、佐藤玄々先生が、10年の歳月をかけて1960年に完成させたそうだ。

1888年、宮彫り師の家に生を受けた佐藤玄々先生の彫刻は、壮大で色鮮やか。

日光東照宮で見た絢爛豪華な彫刻を思い出した。

本殿や拝殿に鮮やかな彩色と細密な彫刻を施す、権現造り(ごんげんづくり)を思わせる。

壮大さと美しさに圧倒された。凄い!

後側も圧巻!よく見ると美しいオシドリの列が空に飛んでゆく。

凄すぎてことばを失う。

天女像は、来客への「まごころ」の象徴なのだそうだ。

天女さまの指が優雅。

相棒にこの空間を見せたかった。

思った通り、この像を初めて見た相棒はとてもびっくりしていた。

私もずいぶん前に、なんの前情報も無しに初めて見た時に、すごくビックリした記憶がある。

時間が合えば、この壮大な天女を見つめながら、パイプオルガンの演奏を聴くことができるのだ。

さて、天女像を眺めながら優美な大理石の階段を降りてゆくと、ちょうど、神田祭の歴史資料の特別展が開催されていた。

長い2枚の絵巻物が展示されているのを、上から発見していたのだ。

江戸時代の神田祭の様子を描いたものらしい。

江戸時代の附け祭では、なんと大ナマズの山車があったらしい。素敵すぎる!

かつては日本橋から富士山が見えたんだね。

明暦3年(1657年)の大火の後、日本橋が架け替えられた時に付けられた擬宝珠。

日本橋魚市場水神祭之図(作者不明:明治時代作)

東京神田祭礼之図(歌川芳藤:明治時代)

山車の一覧

神田祭に華を添える加茂・能人形山車(かも・のう にんぎょう だし)の精巧な模型。明治時代作。

加茂・能人形山車は、江戸時代から続く伝統的な江戸型山車(えどがた だし)である。

2年後の神田祭りではぜひとも実物を観たいものだな。

神田明神の一の宮鳳輦、二の宮神輿、三の宮鳳輦

神田祭の間、日本橋三越は提灯で飾られる。

三越を出ると、わっしょいの掛け声とともに練り歩く「室町一丁目」の神輿行列が!

氏子さんたちも観客も、みんな一緒に「わっしょい」と声を掛け合っている!

御神輿が揺れる度に、4つの小さな鳳凰がくるくると回るのが素敵!

何気なく日本橋で神田祭を観ようと決めたのは大正解だった。

江戸時代の心意気が、今も生きているお祭りだと思う。

東京には、まだまだ知らない素敵な歴史がたくさんある。

日本橋に限らず、ルートを調べて、その時間に通る神幸行列を目指せば、きっとどの場所で観ても素敵だと思う。

次は2年後!また観に行きたい!


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