【落語風】ねぎの器量
えー、一人暮らしというのは気楽なもんでございまして。
飯の支度なんぞ、いっさいしない。ラーメン、うどん、そば、やきとり、焼肉と、まあ毎日どこかしらのお店にお世話になっております。
ところがどうも、この男、ねぎと妙な縁がありましてね。
ラーメン屋へ入りますと、「ねぎはいかがなさいますか」
うどん屋へ行きますと、「ねぎはどうされますか」
そば屋でも、やきとり屋でも、焼肉屋のネギタン塩でさえも——「ねぎは……」
どこへ行っても、ねぎ、ねぎ、ねぎ。
思えば不思議な話でございまして。
世の中には、ねぎを一度も聞かれずに生涯を終える人間もいるはずでございます。なのにこの男、行く先々で必ず聞かれる。
まるで、ねぎ界のVIP、プリンスでございます。
お店の人間には、何かが見えているんでしょうかねえ。オーラといいますか、風格といいますか。
「この人は……ただ者ではない。絶対にねぎの量に、こだわりをお持ちだ」
そういうことなんでしょう。勝手にそういうことになってるんでしょう。
で、聞かれるわけです。恭しく、丁寧に。
「ねぎは、いかがなさいますか」
VIPに対する問いかけでございます。
この男、ねぎが得意じゃない。
正直に答えます。
「あ……普通で」
その瞬間、店員の顔が、曇る。
「……普通」
「…………普通、で……ございますか」
言葉にはしない。しないんですが、空気がですね、確実に漂ってくるんです。
あなたほどのねぎの器量で……
普通……?
このお顔で、この貫禄で……並盛り……?
もったいない。実に、もったいない。
そういう空気が、もわっと。
こっちは何もしてないんですよ。ただ飯を食いに来ただけなんですよ。なのにねぎの才能を持て余してる人間みたいな顔をされる。
ある日、牛丼チェーンへ入りました。
メニューを見ますと、ございますよ、
ねぎ牛丼なんてものが。
「またねぎか……」
とは思いながらも、まあ今日はひとつ、勇気を出して、ねぎ多めにしてみようかと。
あの曇り顔を、もう見たくない。期待に応えてやろうじゃないかと。
心を決めた。
注文を伺いに、店員がつつつっと近づいてくる。
口を開いた。
「あのお客様、ね——」
男、もう反射でございます。
「ねぎ多めで!!」
店員、ぽかんとしております。
しばらくの間があって、
「……あの、ねぎを、切らしておりまして」
「…………」
「…………」
「……ねぎ多めで、って言ったそばから」
「はあ」
「ねぎがないと」
「はあ」
「………ねぎなし、で」
「かしこまりました」
どこへ行ってもねぎを聞かれ、
ねぎを断れば不満顔をされ、
期待に応えようとねぎ多めと叫んだら、
ねぎがなかった。
VIPとは、かくも孤独なものでございます。
ねぎの量より、先に言うことがあるだろう——という噺でございました。
(完)
