スーツ不況で明暗!紳士服業界の成功の呪縛「洋服の青山」の苦戦と万年2位の「AOKI」の大逆転劇
リモートワーク定着とビジネスカジュアル化で、「スーツを毎日着る」時代は終わりつつあります。需要の土台が崩れるなか、業界を牽引してきた青山商事とAOKIホールディングスの明暗がはっきりしてきました。売上高は依然として青山が首位ですが、利益と時価総額ではAOKIが逆転。なぜ同じスーツ不況の波を受けながら、ここまで差が開いたのか。両社の歴史と事業ポートフォリオの違いから、スーツ不況時代を生き残る条件を考えます。
AOKIが青山を利益と時価総額で逆転した理由
まず、足元の数字を確認しておきます。
2025年3月期決算では、青山商事の売上高は1947億9000万円、営業利益は125億7300万円でした。一方のAOKIホールディングスは売上高1926億8800万円と規模こそ僅差ながら、営業利益は156億4600万円と青山を約30億円上回りました。2026年3月期もほぼ同水準の予想が並び、売上高は青山、利益はAOKIという構図が定着しつつあります。
時価総額でも差は明確です。2025年末時点でAOKIが約1500億円、青山商事が約1200億円と、かつて「万年2位」だったAOKIが市場からより高い評価を受ける立場になりました。
重要なのは、この差が「歴史的にずっとそうだった」わけではないことです。2019年3月期には、売上高・営業利益ともに青山商事がAOKIを上回っていました。つまり、コロナ禍以降のわずか数年で、両社の立場は逆転したことになります。
その背景にあるのは、「スーツが売れない時代」をどこまでリアルに想像し、どのタイミングで次の一手を打てたかという経営判断の違いです。AOKIは利益構造を大きく作り替え、スーツ不況を「織り込み済み」にしてきたのに対し、青山はなおもスーツ事業への依存度が高く、需要減の直撃を受けやすい体質のままです。この差が、同じ売上規模でも利益と株価に大きなギャップを生み出しています。
ロードサイドでスーツを売りまくった青山の栄光
そもそもスーツ量販店の時代を切り開いたのは青山商事でした。
1974年、広島県西条にオープンした「洋服の青山」西条店は、日本初の郊外型紳士服専門店とされています。当時、スーツは街中のテーラーや百貨店で買う高級品で、1人が持つ着数も限られていました。そこに「車で行ける郊外の大型店で、品揃え豊富なスーツを手頃な価格で」という新コンセプトを持ち込んだのが青山商事でした。
大量生産によるコスト削減で、「安かろう悪かろう」ではない、品質と価格のバランスが取れたスーツを提供し、サラリーマンの「仕事着」としての需要を一気に取り込みます。高度成長の余熱と車社会の進展を背景に、郊外ロードサイドの紳士服店は爆発的に増え、青山商事はその先頭を走りました。
1980年代から90年代にかけて、紳士服量販店は百貨店や総合スーパー(GMS)の紳士服売り場から売上を奪う「カテゴリーキラー」として躍進します。青山商事は大阪証券取引所、東京証券取引所への上場を果たし、業界売上高No.1の座を長く維持してきました。47都道府県すべてに店舗網を広げたのも青山が唯一です。
AOKIは「洋服の青木」として長野で生まれ、郊外型の大型店・ロードサイド出店で同じ波に乗りながらも、ポジションとしてはあくまで「2番手」。業界の王者はあくまで青山商事でした。
この「王者」と「挑戦者」の立場の違いこそが、のちの戦略の違いにつながっていきます。トップの成功体験は強力な武器である一方、環境変化が起きたときには「過去の勝ちパターン」から抜け出しにくい足かせにもなります。
コロナ禍のリモートでスーツが売れない構造不況
2000年代以降、紳士服量販店を取り巻く環境はじわじわと変化しました。IT企業を中心にカジュアルな服装が浸透し、大手企業でも「クールビズ」「ビジネスカジュアル」が広がります。スーツは「毎日着る制服」から、「必要な場面で着る服」へと役割が変わり始めました。
そこで決定打となったのが新型コロナウイルス禍です。
在宅勤務・リモート会議が常態化し、「家でパジャマスーツ(部屋着とスーツの中間のような楽な服装)で仕事」というスタイルも広がりました。オフィスに通わない日が増えれば、当然ながらスーツの着数も買い替え頻度も減ります。
さらに近年は、夏の猛暑が長期化することで、春夏商戦のメンズスーツが伸び悩むという新たな逆風も加わりました。青山商事の2025年4〜9月期決算では、メンズスーツの販売不振が響き、営業利益が前年同期比88%減の7700万円に落ち込んでいます。スーツ需要の落ち込みは、一過性の景気要因というより「構造的な縮小」と見た方が妥当です。
両社とも、多くの店舗はロードサイドの大型店で、家賃負担は相対的に低いとはいえ、固定費は決して軽くありません。来店客数が減れば、そのまま収益を圧迫します。青山商事がコロナ禍で全店舗の約2割にあたる160店舗を閉鎖し、600人超の希望退職を募らざるを得なかったのは、構造不況に突入したことを示す象徴的な事例と言えます。
「スーツを売りまくる」ことで成長してきたビジネスモデルは、前提だった市場自体が縮小するなかで、限界を迎えつつあるのです。
スーツ2社はどう動いたか、多角化と本業依存の差
同じ逆風のなかで、AOKIと青山はどのように動いたのでしょうか。
AOKIが特徴的なのは、「スーツがまだ売れているうちから」多角化を進めていた点です。1998年にはカラオケと結婚式場事業に参入し、2003年には複合カフェ「快活CLUB」の1号店を開業。2008年には快活フロンティアを完全子会社化し、エンターテイメント事業を本格的に第2の柱へ育て始めます。
その後もカラオケ「コート・ダジュール」、24時間ジム「FiT24」、ネットカフェ「自遊空間」の子会社化など、余剰スペースやロードサイド立地のノウハウを生かして事業を拡大。2024年3月期時点では、エンターテイメント事業の店舗数がファッション事業を上回り、売上高・営業利益ともにグループの大きな収益源になっています。
一方、ファッション事業でもAOKIは変化を急いでいます。ビジネスウェア一辺倒から、レディース・カジュアルの構成比を高め、「ジャケット1着にパンツ3本を組み合わせるワンクロスリー戦略」など、ビジネスカジュアル時代に合った着こなし提案で客単価向上を狙っています。若年層向けの「ORIHICA」では、こうしたスタイル提案がすでに一定の成果を上げており、将来は海外展開も視野に入れています。
これに対し、青山商事もカード事業や印刷・メディア事業、雑貨・リペア、外食やフィットネスなどのフランチャイジー事業に取り組んでいますが、利益の柱は依然としてビジネスウェア事業です。最新の通期予想でも、営業利益の約6~7割をスーツ中心のビジネスウェアが担っています。
確かに青山も、オーダースーツ強化や「麻布テーラー」の買収など、本業の付加価値を高める戦略を打っており、コロナ禍後にはスーツ需要の戻りとともに黒字転換を果たしました。しかし、多角化のスピードと規模はAOKIに比べると小さく、「スーツの落ち込みを他事業で吸収する」というレベルには届いていません。
結果として、スーツ需要が想定以上に落ち込んだ局面では、AOKIはエンターテイメント事業の利益で全体を下支えできるのに対し、青山は業績の振れ幅が大きくなりやすい構造になっています。この「ポートフォリオの厚み」が、両社の利益水準と株価評価の違いとなって現れているのです。
「スーツ不況時代の生存条件」AOKIと青山はどうなるか
では、スーツ不況が続くなかで、AOKIと青山は今後どうなっていくのでしょうか。
AOKIについては、すでにエンターテイメント事業が成長ドライバーとなっており、スーツ需要のさらなる縮小が進んでも、グループとしては一定の安定性を保ちやすい構造になっています。ただし、快活CLUBやカラオケ、ジムといった業態も、競争環境は決して甘くありません。ネットカフェ市場はすでに成熟期にあり、今後は新規出店による拡大ではなく、既存店舗のリニューアルやサービスの磨き込みで収益性を高めていく局面に入ります。
加えて、AOKI自身もアパレル事業の10年後倍増を掲げており、レディース・カジュアル領域を中心に競争の激しい市場へ踏み込んでいきます。ユニクロやファストファッション、通販勢との戦いに勝ち抜くには、単に品揃えを増やすだけでなく、「スーツ屋ならではのきちんと感」と「カジュアルの着易さ」を両立させた提案力が求められます。多角化で成功したとはいえ、今後も市場変化に合わせた柔軟な戦略の修正が不可欠です。
一方の青山商事は、構造改革の途上にあります。大量の店舗閉鎖と希望退職でコスト構造を軽くしたとはいえ、依然としてビジネスウェアの比率は高く、夏場の猛暑や景気後退などの影響を受けやすい体質です。「洋服の青山はやばい」といったネット上の評判が出るのも、過去の赤字決算やリストラの印象が強く残っているためでしょう。
しかし、決算数字を見る限りでは、青山商事はすでに黒字を回復し、平均年収や離職率も極端に悪い水準ではありません。問題は、「生き残れるかどうか」ではなく、「どのような企業として生き残るのか」です。
「ポスト・スーツ時代」のビジネスをどう描くか
スーツ市場が縮小するなかで、青山商事が取るべき方向は大きく二つあります。
一つは、これまで以上にオーダースーツやレディース・カジュアル、フォーマルウェアなど、ビジネスウェア事業そのものの高付加価値化を徹底することです。「とりあえず青山で1着」という時代から、「ここに行けば自分に合った1着が見つかる」という指名買いの世界へ、ポジションを変えていく必要があります。
もう一つは、フランチャイズを含む非ファッション事業をどこまで本気で第2・第3の柱に育てられるかです。外食・リユース・フィットネスといった業態は、いずれも競争が激しい市場ですが、青山商事にはリアル店舗運営と全国ネットワークという強みがあります。選択と集中を進め、収益性の高い業態に経営資源を振り向けることができれば、AOKIに近いポートフォリオ型経営への転換も見えてきます。
スーツ不況は、紳士服量販店だけの問題ではありません。人口減少と賃上げ圧力、働き方の多様化が進む日本社会では、「かつての勝ちパターン」が何年も通用し続ける業界はほとんどありません。成熟市場で問われるのは、規模の大きさよりも、変化を前提とした事業ポートフォリオの組み替えと、タイミングの早さです。
AOKIは、2番手だからこそ早くからスーツ依存の危うさに気づき、多角化に舵を切りました。青山は、王者だからこそ成功体験を捨てきれず、変化のタイミングが遅れました。両社の現在地の差は、その違いが数字となって表れた結果にすぎません。
今後、さらにスーツ需要が細るなかで、両社がどこまで「ポスト・スーツ時代」のビジネスを描けるのか。AOKIと青山の競争は、スーツ不況を生き残るための企業変革の教科書として、これからも注目していく必要があるでしょう。
文=夏樹真生(経済ジャーナリスト)
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