潮境第二部『席ヲ空ケヨ12』
鐘は三度鳴った。
低く、長い音だった。
会議室の全員が黙っていた。
「島からです」
汐里が立ち上がった。
「分かるんですか」
佐伯が聞く。
「海では音の方向くらい分かります」
「志賀さん、今ちょっと得意になってます?」
「なってません」
なっている顔だった。
艦長が艦橋へ連絡する。
数秒後、返答があった。
「島の浜に人が出てきた。十人以上」
「武器は?」
「確認できない」
佐伯も立った。
「こちらの艦にも伝えます」
その瞬間、宗介は妙なことに気づいた。
「待ってください」
「何です?」
「今、佐伯さんの船はどこにいるんです?」
「島の東です」
「《秋津》は西」
「ええ」
「だったら――」
汐里が先に理解した。
「両方に聞こえた?」
*
甲板へ出る。
朝の海は穏やかだった。
島は三海里先。
浜辺に人影が並んでいる。
カタシロもいた。
その後ろに、木で組まれた高い櫓が見える。
「あれが鐘?」
「鐘というより鉦じゃないですかね」
汐里が双眼鏡を渡した。
櫓には黒い金属板のようなものが吊られている。
「かなり大きい」
「音を遠くまで届けるためでしょう」
佐伯が隣で呟いた。
「通信設備か」
「かもしれません」
宗介は双眼鏡を下ろした。
「誰に?」
答える者はいなかった。
島の人々が動いた。
砂浜に何かを並べ始める。
「また文字です」
汐里が言った。
白い布が何枚も地面へ広げられていく。
黒い文字。
宗介は一文字ずつ読む。
フ ネ ヨ リ ヒ ト ヲ
「船より人を……」
次の布。
オ ロ セ
「降ろせ」
佐伯が言った。
「上陸しろということか」
さらに布が広がる。
今度は二文字だけ。
共ニ
宗介は佐伯を見る。
「両方の船から、という意味でしょうね」
「危険です」
佐伯の表情が変わった。
「島の状況も分からない。病原体の問題もある」
「それはこちらも同じです」
艦長が言った。
汐里は海を見ていた。
「潮が変わります」
「今?」
「一時間くらいで。浜への進入路、さっきより狭くなる」
佐伯が汐里を見る。
「分かるんですか」
「それを調べるのが仕事です」
今度は本当に得意そうだった。
「行くなら今です」
*
結局、両艦から三人ずつ出ることになった。
《秋津》から宗介、汐里、海務官一名。
《あさひ》から佐伯、三浦、衛生担当者。
測深艇に乗り込む直前、宗介は佐伯の服装を見た。
「それで行くんです?」
「制服ですが」
「動きにくそうですね」
「そちらも制服でしょう」
「これは海服です」
「海服?」
宗介は自分の上着を見る。
「昔からこう呼びます」
佐伯が襟元を眺めた。
「和服でも洋服でもないですね」
「そうですか?」
宗介にはただの仕事着だった。
汐里が割って入る。
「小県さん。今度、向こうの服装史まで聞き始めたら島に着きませんよ」
「それもそうですね」
艇が離れる。
浅瀬を避けながら、ゆっくり浜へ近づいた。
カタシロが待っていた。
昨日とは違う。
砂浜に低い台が置かれている。
その周囲に人が座っていた。
「何か始める気ですね」
佐伯が言った。
宗介は答えなかった。
台の周囲には敷物が七枚あった。
六人が座れば、一枚余る。
浜へ降りる。
カタシロが宗介を見つけ、笑った。
それから佐伯を見る。
二つの日本人を交互に見た。
ゆっくり手を伸ばす。
台を指した。
「座れ」
今度は全員に分かった。
六人が腰を下ろす。
一つだけ空いた。
カタシロはその席には座らなかった。
宗介が聞いた。
「そこは?」
カタシロは空席を見た。
そして、古い言葉の中から一つずつ選ぶように答えた。
「来ぬ者を」
少し間を置く。
「忘れぬため」
