潮境第二部『席ヲ空ケヨ10』
「もう一つは?」
宗介が砂を指した。
カタシロは答えない。
大きな丸のそばに描かれた、小さな丸。
汐里がしゃがみ込んだ。
「誰か来るんですか」
通じるはずもない問いだった。
カタシロは汐里を見た。
そして小さな丸を指し、自分の胸に手を置いた。
次に宗介。
沖の《秋津》。
近づいてくる灰色の艦。
最後に、水平線を大きく指でなぞった。
「海?」
汐里が言う。
カタシロは首を振った。
「違う?」
今度は空を指した。
海。
空。
島。
そして小さな丸。
「分かりませんね」
「ええ」
宗介はなぜか、その分からなさが怖かった。
*
測深艇が《秋津》へ戻ったのは午前九時だった。
灰色の艦は島の東側、約六海里で停止している。
「艦名が確認できた」
艦長が画像を見せた。
船腹に番号がある。
宗介には見慣れない形の艦だった。
「《あさひ》」
「同じ日本語ですね」
「当然だろう」
「もう何が当然なのか分からなくなってきました」
通信が入った。
佐伯だった。
『小県さん。そちらは上陸したんですか』
「してません。話はしました」
『何者でした?』
「分かりません」
『毛野という人々?』
「それも分かりません」
『何が分かったんです』
宗介は考えた。
「榛名を知っていました」
沈黙。
『山の名前ですか』
「そうです」
『群馬県の?』
宗介の顔が上がった。
「群馬?」
『群馬県榛名山でしょう』
「そちらにも榛名があるんですか」
『ありますよ』
宗介は艦長を見る。
「毛野は知らないのに?」
『毛野と榛名に何か関係が?』
宗介は答えられなかった。
こちらでは子供でも知っている話だった。
榛名と毛野。
だが、説明しようとすると急に輪郭がぼやける。
『小県さん』
「はい」
『一度、直接会いませんか』
通信室が静かになった。
「私と?」
『こちらも政府に照会していますが、返答には時間がかかる。そちらも同じでしょう』
「まあ」
『島の人々とも意思疎通が必要です。二隻が別々に動く方が危険だ』
宗介は砂に描かれた丸を思い出した。
争う前。
共に座る。
「艦長」
「決めるのは君だ」
「またですか」
「茶使だからな」
宗介はため息をついた。
「分かりました」
マイクを取る。
「佐伯さん。会いましょう」
*
場所は《秋津》になった。
会議室の準備をしていると、汐里が入ってきた。
「何してるんです?」
「椅子を並べてます」
「茶使が?」
「誰もやってくれないので」
机を挟んで三脚ずつ。
宗介側。
佐伯側。
「六人?」
「その予定です」
汐里は入口で止まった。
「小県さん」
「はい」
「もう一つ出しましょう」
「誰の?」
「分かりません」
宗介は彼女を見る。
「でも、あの人は空けてました」
砂の小さな丸。
宗介はしばらく考え、倉庫から椅子を一脚持ってきた。
机の端に置く。
「変ですよ」
「志賀さんが言ったんでしょう」
「そうですけど」
七脚。
六人。
一席だけ空いている。
宗介は給湯室から茶器を運んだ。
汐里がそれを見て笑った。
「結局、お茶出すんですね」
「日本人が二組集まるんですよ」
「だから?」
宗介は湯を沸かした。
「ほかに何を出すんです」
十分後。
扉が開いた。
佐伯直哉が入ってきた。
宗介は初めて、もう一つの日本人の顔を見た。
そして佐伯は、七脚の椅子を見た。
「一人、多くありませんか」
宗介は空席を見る。
「ええ」
自分でも理由は分からなかった。
「空けておこうと思って」
