INDYWORLD 外伝 『インデイ提督熱烈再就職編』
「老兵は死なず、ただ坂道を爆走するのみ」――宇宙犬インデイ、2052年、キャリアに挑戦す。
はじめに
私は2026年8月、東京のタクシー会社を退職し、9月から神奈川の新しい会社で働くことになりました。
再就職までの道のりは、思っていたより簡単ではありませんでした。
年齢、経験、条件、勤務地。
たとえキャリアがあっても、新しい場所へ移るには、もう一度自分自身を説明し、評価してもらわなければなりません。
そんな時期に書いたのが、この物語です。
主人公は、かつて銀河を駆けたビーグル犬インデイ(現在は業務委託提督とのことです)
2052年、隠居生活に退屈した彼は、無謀にも再就職へ乗り出します。
実は※銀子の成功にも、インデイの無茶振りにも、私自身の願望がかなり入っています。
「前例がない」と言われても、もう一度働きたい。
まだ自分も役に立てると信じたい。
これは宇宙犬の再就職物語であり、同時に、私自身の再出発の物語でもあります。
※外伝「銀子覚醒編」参照
【Scene 1:2052年、春の縁側。穴掘りの果てに】
横浜・一ツ橋家では、最新のお掃除ロボットが動き回り、庭ではハルカ(10歳)が浮遊型AIロボ『pf3000』で遊んでいる。
そこへ、エプロン姿のアレックス――インデイの妻――が仁王立ちで現れた。

アレックス
「あなた……そこまでです。その前足を止めなさい」
インデイ
「(土まみれで)……なんや、アレックス。
ええとこやったのに。
あと5メートルも掘れば、地球の核〈コア〉まで到達できる気がしたんや……」
アレックス
「地球の裏側まで行くつもりですか?
提督業が暇なのは分かりますが、これ以上庭をクレーターだらけにするなら、晩ごはんのシウマイは『三分の一』の刑に処しますよ」インデイ
「(ガーン!)……そ、それは殺生やで……。
わて、ただ自分の『カトラ〈魂〉』が燃え尽きんように、必死なだけやのに……」
【Scene 2:Animal In-DとムチャぶりNegotiator】
タロウ
「……っていうかさ、インデイ。その情熱を
再就職にでも向けたら?
提督の方も業務委託だったよね。
それに、今は2052年。
エイリアンもロボットも、雇用機会均等法の時代だよ」
インデイ
「再就職やと……フーム。
なんや、おもろそうやないか?
タロウ、そしたら、さっそくその
『Animal In-D』っちゅうので、わての価値を世界に知らしめたれ!」

タロウ
「(入力しながら)……特技は?
穴掘りと留守番以外で頼むよ」
インデイ
「(聞いてない)もちろん、穴掘りと留守番や!」
タロウ「もう、真面目にお願いします」
インデイ
「そんなら、『説教〈英語・大阪弁ハイブリッド〉』と、銀河連邦公認A級ライセンスで
どや?
条件は……そやな、二食+昼寝4時間以上。シフトは自由。社会保険完備。
これ以上、控えめな条件はないで!」
タロウ
「(呆れ顔で)……あり得ないよ。
……あ、でも一件だけ即レスが来た。
『神奈川ファーストキャブ〈KfC〉?』。
何だかチキン屋みたいな名前だけど、大丈夫かなあ……。
えっ、……そっ創業、寛永年間!?」
【Scene 3:氷川丸の決闘。二俣川の絆】
山下公園近く
神奈川ファーストキャブ株式会社
本社会議室。
室内には甲冑や壺など、老舗企業らしい
重厚な調度品が並んでいる。
テーブルの向こうには、和装に白ひげの
老人。ただ者ではないオーラを発している。

神奈川ファーストキャブ
三浦三左衛門が、静かに座っていた。
三浦
「神奈川ファーストキャブ、KfCの三浦です」
名刺を差し出す。
インデイ
「……チキン屋やないんか?」
名刺を受け取ったタロウの表情が、一瞬で引きつる。
タロウ
「だっ、代表取締役会長!
インデイ、失礼だよ!」
三浦
(笑って)
「いえいえ。よく間違えられます」
インデイ
「ほな、面接が終わったら、骨付き一本頼むわ」
タロウ
「インデイ!」
三浦は声を立てて笑ったあと、改めてタロウを見る。
三浦
「……それにしても、一ツ橋さん。
就職活動にペット同伴とは、斬新な演出
ですな」
タロウ
「先ほどは失礼いたしました。実は、
私の方が同伴者でして、
応募者はこちらです。
ビーグル犬のインデイと申します」
三浦は、提督帽と蝶ネクタイで正装した
インデイを見つめる。
一度、タロウを見る。もう一度、インデイを見る。
三浦
「……そうですか。
ずいぶん面白そうな方ですが、最新型の介護
ロボット……ですかな?」
インデイ(机を叩いて)
「誰がロボットや!
正真正銘、血の通ったビーグル犬や!
募集要項に『人・物不問』って書いてあったやろ?
わては『人』やないが、『犬となり〈いぬとなり〉』なら銀河一や!」
三浦
「確かに『人物不問』と記載しましたが……。
あれは、応募者の出自や経歴を問わない、
という意味でして」
インデイ
「わてでは不足やいうことなんか?」
三浦
「……いや、そういうわけではありませんが」
三浦は困惑しながらも、どこか楽しそうに
インデイを見ている。
三浦
「しかし、例えば――免許は、どうされる
おつもりで?」
インデイ
「そこや!
見なはれ、これ。書き換えに、どんだけ苦労したか」
インデイは得意げに免許証を取り出す。
インデイ
「CiA〈北米探査室〉のコネで、国際免許はすんなりやった。
ところが、あの『二俣川免許センター』
……あそこは鬼門や!

『前例がありません』言うて、窓口で3時間も待たされてな。わて、危うく受付のお姉さんに説教するとこやったわ!」
三浦
(二俣川に反応して)
「……私も、免許更新は一日がかりでした。
なぜ神奈川県の免許センターは、二俣川だけなんでしょうね」
インデイ
「せやろ!
三浦の旦那、わてら『二俣川の苦労』を
知っとる同志やないか!」
タロウは、頭を抱える。
三浦はしばらく呆気に取られていたが、
やがて堪えきれずに笑い出した。
【Scene 4:七代前の宿縁と、銀子のパイプ】
笑いが収まると、三浦は続けた。
三浦
「……実に興味深い方ですな。
しかし、私が面白いと思うだけでは、社内も納得しますまい。
会長とはいえ、これほど異例の採用を、私の一存で進めるわけには……」
インデイ
「三左衛門はん」
インデイは、三浦の顔をじっと見つめる。
インデイ
「あんたの顔、どこかで見たと思ったら……。
あんたのご先祖、一ツ橋家の参勤交代の籠を担いどった『三浦某』やろ?
わてのカトラが、そう言うとる」
三浦の表情が変わる。
三浦
(思わず身を乗り出して)
「……なぜ、それをご存じで?
確かに我が家は代々、一ツ橋家をお支えしてきた、足軽の家系です」
インデイ
「運命や」
三浦はインデイを見つめたまま、黙って
いる。
インデイ
「……わかっとるがな、あんさんとこも
会社組織や。
異例の採用には、社内を納得させる
建前も必要なんやろ?」
三浦
「ええ。おっしゃる通りです」
インデイ
「でも、心配いらん。KfCの大株主、
横一銀行やったな」
三浦が、わずかに眉を上げる。
インデイ
「広報課長の横一銀子はんに、話を通しといたで」
タロウ
「えっ?」
インデイ
「彼女、わての『ドラマ・メソッド』
の教え子やさかいな」
タロウ
(小声で)
「……いつの間に、そんな根回しを……」
三浦はしばらくインデイを見つめていた。
やがて、静かに笑う。
三浦
「なるほど。
免許も、株主も、先祖の縁まで用意してきたというわけですか」
インデイ
「再就職は、段取りが九割や」
タロウ
「昨日まで穴掘りしかしてなかったくせに……」
三浦は姿勢を正し
三浦
「分かりました。
社内には、私から話を通しましょう」
タロウ
「本当ですか?」
三浦
「ただし、採用が決まったわけではありません。
運転適性、接客、安全管理――すべて正式に
審査します」
インデイ
「望むところや。
銀河連邦A級ライセンスの実力、
見せたるわ!」
三浦
「それから、昼寝4時間以上という条件ですが」
インデイ
「そこは譲れん」
三浦
「……交渉は、これからですな」
三浦とインデイは、しばらく無言で見つめ合う。
そして、同時に笑った。

【エピローグ:今日も横浜を疾走中】
一週間後。
横浜の坂道を、真新しいタクシーが軽快に
走っている。
車の名は、インデイ専用AI補助運転車――
※AI ONE。
屋根には、神奈川ファーストキャブの「KfC」マーク。
車体には、大きくこう書かれている。
「未来にGO! by KfC」
運転席では、提督帽をかぶったインデイが、小さな前足で得意げにハンドルを握っている。
※外伝「はじめてのおつかい編」(シウマイ弁当争奪戦)参照
インデイ
「おっと、お客さん。
シートベルト締めなはれ!
次の角を曲がれば、ランドマークタワーや」
少し間。
インデイ
「……英語も、安全運転も同じや。気持ちが、そこにあることが第一や」
後部座席の客が、思わずうなずく。
インデイ
「お客さん、ところで。
さっきの英語の発音、ちょっと『魂
〈カトラ〉』が足りんな」
インデイはバックミラー越しに、にやりと
笑う。
インデイ
「わてが手本を見せたる」
今日もインデイ先生は、夢とお節介を乗せて、坂道の多いヨコハマを、最高の笑顔で
駆け抜けていく。
fin
🎙️インデイ提督「あとがき」
「書き上げてくれて、おおきに!」
「2052年も2026年も、大事なのは、
『人と人――と犬――のレゾナンス』や」
「二俣川の行列に並んどる時も、三浦はん
みたいな宿命の相手に出会う時も、
わてらは常にドラマの主人公なんや」
少し間。
「さあ、先生も新しい会社で、ハンドル
握るんやろ?」
「気合入れていきや」
横浜の坂道の先には、いつだって新しい
ワクワクが待っとるで!
作者より
この作品を書いていた頃、繰返しになりますが、私は再就職活動の真っ最中でした。
思った以上に苦労したからこそ、インデイには思い切り無茶をさせ、銀子には思い切り成功してもらいました。
けれど、書き終えて気づきました。
前例とは、最初から用意されているものではなく、誰かが最初に一歩を踏み出したあとに残る足跡なのかもしれません。
私も9月から、神奈川の新しい会社でハンドルを握ります。
少し不安です。
でも、それ以上に楽しみです。
現在、就職活動や転職活動に挑んでいる方がいらしたら、この物語が、ほんの少しでも笑いと勇気の種になってくれればば、うれしいです。
私も皆さんと一緒に、新しい一歩を踏み出します。

横浜の坂道の先で、お会いしましょう。

最後の最後までお読みいただき、ありがとうございました。
外伝、その他まだ、続きます(おまけの写真も続々登場予定です)
もし楽しんでいただけましたら、スキやコメントをいただけると励みになります。
サポート(チップ)も今後の創作活動の力になります。

