令嬢たちは宮廷麗術師にだけ「可愛い」と言われたい|第40話コーマ族討伐
オーキはノアと王城を歩きながら思っていた。
王城の雰囲気は変わった。
彼には王子、王女から騎士、魔法師、庭師や調理師に至るまで、みんなが同じように笑顔で声をかけている。
つい先日までの階級絶対主義のような、ピリピリした空気がない。
そこへ、ミナがやってくる。
「ノーアー!」
背中でダイビングキャッチ。
「ねぇ、ノア、今から剣聖様にノアの取り扱いの授業するんだけど、剣聖様って怖い?」
「あ。隣にいるよ。オーキ。オーキ・フォルト」
「ひゃぁ! 失礼しました! 私はミナです。よろしくお願いします!」
「君が今日の先生だね。よろしく頼む」
ミナはノアに背負われたまま、おかしな格好で挨拶をする。
「はい。このバカの取り扱いを詳しくご説明します!」
「可愛い顔してバカって言うなよ」
ミナに髪を引っ張られる。
でも痛くないし、引っ張った後は軽く撫でてくれる。
「そういうところの説明をするんだぞ!」
「はいはい」
「それより、ノア! ブラックタスクが出たんだって?」
「うん、十頭くらいらしいよ」
「取ってきて!」
「あぁ、魔材? あいつらは純粋種じゃないから、品質があまりよくないかもよ?」
「でも、牙とか高く売れるし!」
「うん。ついでだからいいけど。牙と角ね。ご褒美は?」
「胸なら少し触ってもいいよ」
「え! いいの?」
「ダメに決まってるでしょ! この変態!」
「なんでぇ!」
「でも、ノア。魔獣はいいけど、悪人がいる所は騎士様と行きなさいよ!」
「うん。僕は弱いからね」
「そうそう」
オーキはその会話に、すこぶる困惑したり納得したりした。
彼はブラックタスク十頭を一人で討伐に行くつもりらしい。
そして、彼の取扱説明書と呼ばれるミナは、本当に彼の取り扱いがうまい。
「君の側にいるのは楽しそうだな」
オーキが呟いた時、イザベルがやってくる。
「お兄様! 私もおんぶして欲しいです!」
「イザベル様、いつでも。このノアの背にお乗りください」
ミナはぽいっとされる。
「こら! ノア!」
イザベルは飛びつくことはできないので、ノアが屈んでおんぶする。
「この場所はお兄様の香りがしますわ」
「はい、イザベル様。どこまで行きましょうか?」
「あまりはしたないと思われても困るので。でも、ずっと。このまま。お兄様とはしたなく思われたいですわ」
オーキには意味がわからなかった。
ただ、このご令嬢がレイシアのイザベル王女だとはわかった。
イザベルはしばしおぶわれていたが、ノアに降ろされる。
「イザベル様、そろそろ人が多くなりますので、続きはまた」
「残念ですわ。お兄様。今度はゆっくりお願いします」
「はい。勿論です。イザベル様」
イザベルはご満悦で帰っていく。
そこへソフィアとユリアがやってくる。
「ノア!」
「ノア!」
やれやれ、彼は本当に人気者だ。
ソフィアは抱きつき、ユリアはそっと手を取っている。
「ソフィー」
「ノア」
見つめ合っている。
どうしたことか?
「お姉様、そのくらいにしてください」
「そうね、ユリアもノアに話があったのね。私は見つめ合うだけでわかるのだけれど」
ユリアはノアの掌を指でなぞる。
ノアはくすぐったそうにしている。
「ふふ」
ユリアはそれがしたかっただけのようだ。
ミナがオーキに言う。
「これがノアの日常です」
「どうも、忙しいな。彼は」
「はい。どうしようもないグズです」
ソフィアとユリアがオーキに声をかける。
「オーキ、ノアの護衛をしてくれるのね。助かるわ。ノアのことをお願いね」
「はい。王女様方。このオーキ・フォルトの使命と受け止めております」
「しかし、オーキが王城に来る日がくるなんてね」
ソフィアが悪戯っぽく笑う。
ノアはそのソフィアの顔が可愛くて仕方ないという目で見ている。
ミナにまた叩かれる。
「ではね、ノア、今日は忙しいでしょうから、またゆっくりね!」
ソフィアとユリアが去っていく。
そこで、カナが突然言い出す。
「それよりもご主人様、ブラックタスクどもとコーマのゴキブリどもの居場所がわかりました」
「おー、早いね、カナ」
カナはドヤ顔で言う。
「はい。私は使える使い魔ですので。あの小汚い鳥たちとは違います」
最近、ヴェントラの数が増えた。
キナコが仲間を勧誘しているのだ。
空を飛べることは、ルーベルの戦力的にはかなり増強の効果がある。
キナコが勧誘に成功するたびに撫でてあげているのが、カナはすごく気に入らず、最近は張り合っている。
「あの薄汚い鳥が、ご主人様のご寵愛を夜な夜な受けるなど、耐えられない屈辱です」
「おい、言い方! それより、コーマはどこに?」
「はい。王都西の工業区の倉庫二つに、ブラックタスクとコーマどもが分かれて潜んでいます。これとは別に王都内の宿屋にも。こちらの方が本隊と思われます」
「倉庫にはどのくらいいるの?」
「はい。ブラックタスクが十二頭。コーマどもが三十人程度。本隊は二十人程度かと」
「わかった。じゃあ、ブラックタスクたちは夜になったら、とっとと片付けよう」
「承知いたしました」
オーキはずっとその会話を聞いていた。
物凄い速さで事が動いている。
しかし、呑気にしか見えない。
「ノア、カナ、では今夜討伐しにいくということか?」
「うん。早いほうがいいし」
「騎士団も連れていくのか」
「うぅん。連れて行かないよ。僕たちより、王城の守りが薄れる方が心配だから」
ノアは軽く言う。
「そうか。本当に面白いな。君は。勿論、私も行くぞ」
「うん。お願い。オーキとカナがいれば大丈夫な気がする。本隊は王都警備隊とか騎士団とかハヤテとかに任せよう。今から言ってくるね。じゃあ、オーキ。ミナの授業があるんだったね。夜まで暇だし。ミナ、可愛いところあるからよろしくね」
「あ、あぁ」
オーキはこういう会話をしたことがないので、どう返せばいいかわからなかった。
「じゃあ、行きますよ。オーキ様」
かなり深刻な事態なのに、深刻さを感じさせない。
これもあとでミナに聞かなければ。
オーキはこの賑やかで騒々しい世界が眩しかった。
夜になる。
ノアとオーキはヴェントラに乗って、倉庫上空に来た。
「じゃあ、片付けよう。ここは僕だけで大丈夫。オーキとカナは隣の倉庫を見張っておいて」
「一人で行くのか?」
「うん。行ってくるね」
ノアは何の気負いもなく扉を開け、中へ入っていく。
そこでオーキは見た。
飛翔してブラックタスクの背に片足で乗るノアを。
目に色はない。
ブラックタスクが魔素を吹き出し、ばたっと倒れる。
次々に飛び続け、乗ったり触れたりする。
刃を振るおうとするブラックタスクの腕が、刃ごと落ちる。
ただ、それだけ。
十二体のブラックタスクは一瞬で死骸と化した。
ガタッと隣の倉庫が開く。
コーマ族が出てくる。
あいつら!
ノアは不意にカナに抱えられて空に上がる。
「ご主人様がお手を汚す価値はありません」
コーマ族たちは、お頭を筆頭に宴を催していた。
「明日、ブラックタスクたちで王都を襲う。そして混乱に乗じて王城へ侵入し、王族を仕留める。十人の者が消されたのは解せないが、まだ忍びだけで五十人はいる。勝機は満ちている。あとは宿屋にいる幹部たちと合流するのみ」
そこで隣の倉庫からドタドタと音がする。
「あいつら、騒ぎやがって。静かにしろと言ってこい!」
「承知」
使いに出した者が戻ってこない。
「おい、外へ出るぞ!」
「承知!」
コーマの忍びは一斉に出ていった。
最後に出たコーマのお頭は見た。
自分以外が死んでいるのを。
そこに一人の男が立っている。
足首まである王都警備隊の長い外套。
長刀。
「お、お前は」
王都守護職、特別警備隊一番隊隊長のオーキ・フォルト。
剣聖と言われる男。
「野郎!」
その瞬間、お頭の首と胴は二つに分かれた。
上空ではカナとノアがその一部始終を見ていた。
ノアはカナに後ろにいるように言われ、カナの肩に手を乗せ、顔だけ出してその様子を見ていた。
速い。
剣筋が見えない。
剣筋どころか、動きさえ見えない。
動き出しから移動までの気配が感じられない。
これが剣聖。
「すごい! 怖い! でもカッコいい!」
ノアはオーキに叫んだ。
「やれやれ。君の方が怖いだろ?」
「ご主人様、手は肩ではなくて」
カナがノアの両手を取って、
「こう」
と自分の胸に当てさせる。
きゃー!
「ご主人様、こんなお空で、イヤン」
「おい! こら! 自分でやったんだろ?」
「ご主人様がオーキ様ばかり褒めるからです。いけず!」
オーキは空を見ながらそのやりとりを見て、
「無心、無心」
と唱えていた。
オーキは空から降りてきて、「汚い! 臭い!」と言いながらブラックタスクの牙を抜いているノアを見ながら、
「この主人は、どうにもこうにもズレている。でも、それがいい」
と思っていた。
時を同じくして、コーマ幹部が根城にしている宿屋前。
サラが一人で先に入る。
宿屋の者を外に出す手引きをする。
あとはコーマの一族のみ。
ハヤテが確認する。
宿屋の前には、変装をした騎士たちが次第に集まる。
その数、二百人。
完全包囲。
フーガの忍びは特別にこの作戦に全員参加できている。
リオがまず入り、成敗の狼煙を上げる。
「コーマの者よ! ルーベル王国侵攻の咎により、お前たちを全て成敗する!」
そこから一気に宿屋へ雪崩れ込む。
ルークの剣が冴える。
リオが断つ。
そしてハヤテ、カグヤ、ツバキ、コハク、アヤメらも入る。
窓から無理やり抜け出そうとする者には、魔法師団の氷の矢や火炎魔法が放たれる。
騎士団の包囲網も弓を使い、抜け出せる隙を与えない。
あっという間の作戦終了。
ルーベルに侵入したコーマ族六十人とブラックタスク十二頭は完全討伐された。
報告を聞いた国王は、これで容易くルーベルには侵攻できないと敵も悟るだろうと思った。
しかし、カリゴミラは周辺各国に侵食している。
周辺国を抑えられて侵攻されれば、大戦になる。
「早めにカリゴミラを掃討するか、周辺国と固く連携しなければ。しかし、ルーベルも結局はノア頼みだ。今回もノア、オーキ、カナにその半数以上を討伐させた」
「ノア。お前ばかりに頼っていいのだろうか? のう。ノアよ」
国王は誰に聞かせるでもなく呟いた。
ノアたちは王城へ戻り、祝宴が行われた。
ミナに牙を持っていったけれど、「不良品ばかりだからご褒美は無し」って言われた。
別に触りたかったわけじゃないし、触らせてもくれないだろうけど、ちょっと残念。
そこへカグヤがやって来た。
ちょっと来てと連れて行かれる。
上、上、と指で示される。
屋根上に行きたいのかな?
カグヤを抱いて屋根上に登る。
「どうしたの。ここでいいの?」
「うん。いつも、ここでツバキと話してるでしょ」
「そうそう。よく知ってるね」
カグヤは黙っている。
ポンポンと座ろうよ、と誘う。
座った瞬間にカグヤの身体を預けられる。
そうか、コーマのことで少し気が張っていたのかな。
カグヤ。
肩をそっと抱いてあげる。
「もう、大丈夫だよ。カグヤ」
「うん」
「あ、あのね、ありがとう。ノア」
「うん。オーキが全部やってくれたから、特に僕は何もしてないけどね」
うん。
ノアらしい。
「ねぇ、ノア。この前、私の部屋に来たでしょ?」
「うん。休ませてもらったよね」
「あの時ね、ノア、私とキスしたの」
!!!!
「嘘? ごめん! 寝ぼけてたの? 僕? ごめん! カグヤ!」
「うぅん。いいの」
「でも。責任は取ってね!」
カグヤは頬にキスしてくれたあと、自分で屋根から降りて行った。
嘘?
僕のバカ!
あー、寝ぼけてたのかな?
アン姉ちゃんと間違えた?
失敗!
カグヤには謝らないと。
ノアはすっかり落ち込んだ。
そこへツバキが後ろから抱きついてきた。
「ノア、キスしたのは多分、カグヤの方から。だから気にしなくてもいいよ」
「そ、そうなの?」
「でも、カグヤも私の女の子だから、今度はノアからしてね」
「う、うん?」
「へへへ」
ツバキはそのまま抱きついた。
この人はもうすぐリリア様の元に帰る。
だから、その時までは。
その頃、遠くフロリア王国よりルーベルへ支援要請の使者が放たれた。

