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NYで美容師として働いた時の話⑤・一番印象に残っているお客さん


私がNYで美容師として働いていた頃のお話を書いています。
2000-2003年なので、四半世紀前のお話。

NYで美容師をしていた時のお話は こちら にまとめました。


なにせ「NY」。
普通の住人でもツワモノ揃いなので、印象に残っているお客さんは沢山!いるのですが、中でも、一番NYっぽい物語だったな、というお客さんがいるので、その方について、書いてみようと思います。




クルーカット


そのお客さんは、私がNYで働き始めて、かなり初期の頃に来てくれたのだと思います。指名なしで、Walk in で。

気難しそうな雰囲気の男性。
髪形はクルーカット(軍人さんみたいなやつ)。
手には新聞を何紙も持って。

「今日はどうしますか?」

と聞くと、

「同じ髪形で短く」

と答えられました。

内心、

「クルーカットだったらbarber(理容室)の方が上手いだろうに。そして、barberの方がヒゲも剃ってくれるだろうに・・。ああ、クルーカットなんてしたくないなー・・」

と、思う私。

お店から出ていくお客さんは、「自分の作品」でもあるので、できれば自分が素敵だと思う風にしたい。そして、私はクルーカットはそれ程好きではないのです。1周回って、超オシャレ上級者がクルーカットにすることはあるし、それなら話は別なんだけども、彼はそういうタイプでもない。

そもそも、クルーカットは、理容室で、バリカンで仕上げるようなスタイル。シザーで面を作るような、「刈り上げの中の刈り上げ」、みたいな髪形って、美容室ではあまりしないのです。

だからって、オーダーだし、その通りにするんだけども。まして、そのお客さんは、「こんな風にもできますよ?」なんて、提案すらできなさそうな空気感の方でしたし・・


そうして、カット中は一言も話さず、クルーカットの細かい毛が落ち続ける中、ずっと新聞を読み続け、カットも終了。名刺を渡したのかは覚えていませんが、次回から、指名で来てくれるようになりました。オーダーは、毎回同じクルーカット。毎回、barberに行けばいいのにな・・と思いながら切る私。


GUCCIモデルの広告


ほとんど会話もせず、数ヵ月が過ぎた頃。
予約時間に現れた彼は、何やらモジモジしていました。そして、恥ずかしそうな様子で、胸ポケットから出してきたのは・・

GUCCIの男性モデルの広告ページ、でした。

お!!!!!

「もしかして、君はこういう髪形ができるのかな?」

照れながら聞いてくるお客さん。

「え!私はこういう髪形の方が得意だよ!絶対に似合うし、かっこよくなると思うよ!」

答える私。

伸びたクルーカットでは、そのGUCCIモデルの無造作オシャレヘアにする長さは足りませんでしたが、その旨も説明し、それ以降、そのお客さんは、その無造作オシャレヘアに落ち着くことになりました。

とても嬉しい。

そこから、なんとなく打ち解け、少しずつ、話をするようになりました。

彼は、国連で働くイギリス人でした。年齢は、当時、40代前半くらい。
少しずつ、仕事の話、イギリスにいる家族の話など、教えてくれるようになったのです。

しばらくすると、国連を辞め、有名大学の教授になったようでした。
そして、脚本を書いて、舞台を作るようにもなっていました。

初回の舞台の時、「儲かった?」と聞くと、「全然儲からなかった。赤字だった。シリアスな舞台だったから儲からない。」と笑いながら教えてくれました。

有名大学の教授になったのは、時間的な余裕ができるから。そして、一流の蔵書の揃う、その大学の図書館を自由に使えるから。舞台の脚本を書くのに、色んな調べ物をしたいから、とのこと。


花束を持って


そうして、また月日が過ぎた頃、予約の時間に現れた彼は、花束を持っていました。

「どうしたの?」と聞くと、「今から、フィアンセの両親に初めて会う」とのこと。

恋愛の話は一度も聞いたことがなかったので驚くと、「ビビビ」とひとめぼれをしたのだとか。お相手はNPOで働く女性で、会ってすぐに「この人と結婚する」と分かって、実際に、短期間で結婚が決まったそう。

ドラマチック・・
あなたってそんな人だったのね・・という感じ笑

そして、ご両親に会う前にカットに来る律儀な感じも、いいなあと。


最初の、クルーカットで、新聞を何紙も持って、一言も喋らなかった頃とはまるで別人のようです。「クルーカットで国連で働いている彼」ももちろん「彼」なのでしょうが、きっと、変化していった後半の方が、元々、彼の内側にあった要素とか、素質だったのだろうな、と当時も感じていました。

アートの要素満載、自由の要素満載のNYならでは、の変化なのかな、と。NYっぽいな、と思って、彼の変化を見ていました。

なんだかね、NYって、「NYっぽい」としか言いようのないことだらけなのです。不思議だけど、それこそが、「街の持つエネルギー」なんだろうな。


大人のアドバイス


彼は、私が単身NYに移住し、働き始めたごく初期の頃からずっと通ってくれた人。0からどんどん売れっ子になり、どんどん忙しくなっていく私の経過を、見守り、心配してくれた人でもありました。

打ち解けて、日も経ったある日、

「君の料金は安すぎる。今の料金では、人気者になり過ぎて、お客さんが来すぎて、君が疲れ果ててしまうから、料金を上げなさい。僕は君がいくらチャージしてもずっと来るし、いくらチャージしても残ってくれるクライアントは他にも絶対に沢山いるから、料金を上げて、お客さんを振るい落としていきなさい。そうして、君がラクに働けて、それでいて、同じだけ稼げるようにしなさい。」

と、言ってくれました。

なんと親身で、ありがたいアドバイス。今思えば、本当にそうすれば良かった、と思うのですが。当時の私は、「それは無理だわ」と反射的に思った記憶です。

四半世紀前、20代の日本人女子だった私に、そこまでの自尊心(=自分のことを尊く、大切に思って、自分の利益になるように行動するこころ)はありませんでした。

そもそも、お店的には、自分の料金は自分で決めてOK、でした。
当時、オーナーの料金が一番高く、その下のスタイリストの中では、私は、既に一番高い金額で設定していたのです。

オーナーと同じ金額、もしくはオーナーより高い金額・・。

きっと、そうしてしまってもよかったんだろうな、と思うのですが、日本人の感覚では、どうしても「目上を立てる」って考えてしまう。

どうなんだろう。もはや、それがいいのかどうかも分からないけど。

50代の今なら、もっと全体も見えているし、いい意味での図々しさも持てているのですが。残念ながら、20代で、日本人の「わきまえマインド」を持ってしまっている当時の私は、その、ありがたいアドバイスに従うことはできませんでした。

そうして、結局、彼の心配通り、私は人気者になり過ぎてしまい、大変なことになっていくのですが・・


今でも、彼のことは、ありがたく、懐かしく思い出します。

そして、あの頃の私にとって、彼のアドバイスが、一番大人で、一番的確なアドバイスだったよなあ、って思い出すのです。


シリーズ、続きます。



その後、色々ありまして、今はホメオパシー、ヒプノセラピー、算命学のオンライン専用のセッションをやっています。

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