【せりふ三題噺】 ゴールデンウィークにようこそ
(1332文字)
2泊3日の外回り出張の帰路。過密スケジュールから、ようやく家に帰って眠れることを思い描いていると会社のチャットが飛んできて、トラブル発生のため直ちに本社に戻れという。
――やっていけない。
そんな言葉が浮かぶ。新幹線のホームで古びた青色の椅子に腰掛けたまま、動けなくなる。
目の前の景色が茫漠としたものに見え、気がつくと乗る予定だった新幹線を逃していた。
ちいさな子を連れた父親が横切り、楽しそうな会話にハッと我に返る。親子の服装はやけにレトロだ。新幹線を見上げる幼い姿に釣られ、僕も車体を見上げた。
白く黄ばんだような色合いの、懐かしい新幹線だ。子どもの頃いつも図鑑で見ていたような、まるみを帯びたかたちをしている。
なんだか嬉しかった。立ち上がり、売店でレモンスカッシュと駅弁を買い、行き先も見ずにその新幹線に乗り込んだ。
回され、ボックスシートとなった自由席に座る。すぐに発車ベルが鳴り響く。車窓は、行きとまるで違った景色を映す。都会のビル群は瞬く間に遠ざかり、のどかな景色が続く。
不思議と焦らなかった。
どこへでも行ってしまいたかった。
行きの新幹線より速度が遅い気がする。
緑、緑、緑、青、緑、緑、青。
チラチラと青色が目に飛び込むようになり、海が近いことを知る。
カシュ、とレモンスカッシュを開ける。
すると飲み口から、泡の代わりに黄色い花びらがどんどんどんどん溢れ出てきた。
僕は慌てる。花びらがすべて吹き出したあと、シュワシュワ音を立てる缶を片手に、眺める。
クリーム色の見たことのないメーカーの缶だ。これもまた、レトロなものに感じる。
側面に「・花びらが出たら当たりです、もう一本もらえます」と書いてある。
そうは言っても、どこでもらえるのか。
花びらの出てきた缶は、飲めるのか?
困惑する僕の耳に、よく通る女性の声が聞こえた。
「車内販売でございます。
お弁当、コーヒー、紅茶、レモンスカッシュ、各種……」
――レモンスカッシュ?
ガラガラと近づくワゴンの音。
手をあげ、販売員を呼び止める。
紺色の制服に白いエプロンを結び、黒髪でおかっぱの、気の強そうな美人が立ち止まる。
彼女は、小さな机に乗りきらずにこぼれる黄色い花びらを見ると、しゃがみ、ワゴン下部のクーラーボックスを開ける。
同じレモンスカッシュを、無言で僕に手渡す。
それからもう一本、なにかの缶を手にとると、向かいの席にドカッと座った。
「仕事、」
僕はドキリとする。
「行ってませんね?」
「は、はい……」
そうだ、僕はサボっている。
社内トラブルがあった状況で。過労死するくらいなら、心を病むくらいなら、もう辞めてやる、という気持ちで。
「私もです」
「え?」
「サボっています」
美しく笑う彼女の手には、なんとビールがある。爪の綺麗な白い指で、カシュ、と開ける。
「ほら、見てください」
長い睫毛の先を追い、窓の外を見る。
「海、綺麗ですよ」
一面の青が、陽光にきらめいて眩しい。
けれど僕はすぐに、彼女の横顔を見やる。
とても綺麗だ。
「お仲間同士、乾杯しましょう」
彼女はビールの缶を僕に向かいかかげる。
「ゴールデンウィークに」
慌ててレモンスカッシュの缶を手にとり、ビールの缶に当てる。鈍くちいさな音が響く。
冷えた缶に口をつけると、忘れていた花びらの味がした。
◆
はらとけいさんの楽しい企画「せりふ三題噺」への参加です。
はらとけいさん、いつもありがとうございます。
お題
◯セリフ
「行ってませんね」
◯三題
(新幹線/花びら/レモンスカッシュ)
