証拠が足りないんじゃなくて、証拠を検証できない形になっているのでは?
刑事司法において、記録が残っていない事実に関する主張は、一般的に証明力が低いと評価される傾向があるんですね。だから、たとえ実際に「指示」があったとしても、その指示を裏付ける客観的な記録が存在しない場合には、立証上不利に働く可能性が高いわけです。なので、森友学園にしても裏金問題にしても、サナエトークン、誹謗中傷動画にしても、安倍元首相、高市首相、自民党組織が、官僚や秘書や議員たちに指示を出したことを証明するには、「客観的な記録」を検察側は提示する必要があるんだと思うんですよ。でもこれって、「指示したとされる客観的な記録」が残っているかってこと自体が、根本的な問題なんだと思うんですよね。そもそも、疑わしいことをする時に、わざわざ本人が客観的な記録を残すわけがないじゃないですか。証拠になり得るわけですから。それに指示を出すことなんて、記録に残さなくてもいくらだってできるわけですよね。そうなってくると、仮に口で指示を出していた場合、「指示を出したとする客観的な証拠」は初めから記録されていないということになり、検察側は起訴を踏み止まるということになりかねないと思うんですよね。それに、公文書を黒塗りにして情報を開示しなかったり、収支報告書の記載漏れも、本人が故意ではないと言えば、実質、逃れられる仕組みになっているじゃないですか。つまり、ここでも先程と同じように、故意じゃないことを立証するためには、「故意じゃないとされる客観的な事実」が必要になってくるわけですよ。そもそも、故意か故意じゃないかなんて、その人の心の内でしかわからないですよね。しかも、「私が記載漏れしたのは故意です」なんて、記録に残すわけがないじゃないですか。だからこれもさっきと同じように、論理的に立証が難しいと思うんですよ。サナエトークンや誹謗中傷動画も、高市首相が直接口で指示を出して、秘書の木下氏と共謀してやったとしても、後から秘書のせいにして逃げ切ることができる構造にになってると思いますし。こう考えると刑事司法の限界もそうですけど、政治、行政の仕組みって、めちゃくちゃだなと思いますね。こんな仕組みだったら、日常的に犯罪が蔓延して普通の生活が成り立たなくなるんじゃないかと疑問に思ってしまいますけど、実際に私たちは普通に暮らし、犯罪を犯せば普通に捕まり、普通に裁かれるわけですよね。冤罪でない限りは。でも、なぜか国会ではそうなってないんですよね。それが不思議でしょうがないんですけど…
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アメリカではウェイターのチップは会計金額の18~20%が相場なんだって。ぼくもチップが欲しいなぁ〜