パンクの姉御 人生は波乱万丈
80'sブリティッシュポップバンドの代表格であるプリテンダーズ(The Pretenders)だが、ボーカリストのクリッシー・ハインド(Chrissie Hynde)はアメリカ オハイオ州アクロン出身である。
パンクの影響を受け、74年に渡英したクリッシーは、建築会社で働いたが、すぐに辞め、出会ったロック記者に紹介してもらい、音楽雑誌NMEの記者になった。そこで知り合ったプロデューサー クリス・トーマス(Chris Thomas)に触発され自ら音楽活動を始めることになる。『ミュージシャンの気持ちを知りたければ、自分が音楽をやる側になってみればいい』というような事を言われたようだ。
音楽を聴く立場からプレイする立場になったクリッシーはバンド結成を画策、うまく行かずいくつかのバンドを渡り歩いた。その中のバンドにはダムド(The Damned)の前身のバンドがあったり、カルチャー・クラブ(Culture Club)結成前のジョン・モス(Jon Moss)らのバンドもあったらしい。
ダムドの前身のバンドに解雇されたクリッシーは、バンドに懲りたのか、個人でレコード会社にデモテープを送った。しかしそこでバンドを組むことを勧められ、78年にプリテンダーズを結成。79年には早くも3枚目のシングル「恋のブラス・イン・ポケット "Brass In Pocket(I'm Special)"」で全英1位を獲得。翌年には母国アメリカでもトップ40入りを果たす。
順調にすすんでいたバンドだが、82年にメンバーが急死、翌年にはドラッグ常用により前年解雇したメンバーが死亡するなどメンバーチェンジを繰り返すことになり、さらには自身の離婚など大きな危機を迎えた。
そんな中でも83年は「チェイン・ギャング "Back on the Chain Gang"」がビルボードでトップ10入り、翌年には新しいメンバーを加え再出発。86年以降はヒットを連発、見事に米英だけでなく世界で認められるバンドとなった。
女性ボーカルのバンド、ガールズバンドの活躍が目立った80年代、中でもクリッシーは個性的で、クールなルックスと声にも独特な雰囲気があって、テレキャスターを抱えて歌う姿はカッコよかったな。
そのクリッシーは、クールに見えて実は恋多き女である。
労働許可証を取得するため、ジョン・ライドン(John Lydon)やシド・ヴィシャス(Sid Vicious)に求婚した話は別として、前出になるが、81年のワールドツアー終了後にキンクス(The Kinks)のレイ・デイヴィス(Ray Davies)と結婚、83年には長女を出産したがスピード離婚。翌84年にはシンプル・マインズ(Simple Minds)のジム・カー(Jim Kerr)と電撃結婚、女児を出産している(後にジム・カーとは離婚、大富豪のアーティストと再々婚、離婚している)。
ちなみにジム・カーはといえば、コケティッシュなルックスで日本でも人気があったエイス・ワンダー(Eighth Wonder)のパッツィ・ケンジット(Patsy Kensit)と92年に再婚、その後離婚。そのパッツィ・ケンジットは、97年にオアシス(Oasis)のリアム・ギャラガー(Liam Gallagher)と結婚。一児をもうけたが、離婚している。
うぅ・・相関図にしてみたい。
この「DON'T GET ME WRONG」は1986年リリース。ビルボード、UKチャート最高10位。本田美奈子の「Oneway Generation」に似てるよね。
話がズレましたが、その後も28歳年下のミュージシャンと付き合ったり、やたらセクシーな姿になりたがるイマドキの女性シンガー達に物申したりと、クリッシーは波乱万丈な人生を自由奔放にカッコよく生きているのだ。
