わたし、もう○○を我慢しません
⋯⋯🌙⋯⋯
感性の光で世界をそっと照らし
魂が自由にひらく旅へと寄り添う
⋯⋯⋯⋯⋯
こんにちは、haRu*☽です。
3月の半ばに、風邪をひいたんです。
その時に、人生で初めて「声が出ない」という経験をしました。
家族に話しかけたくても、声が出ないことには伝えられないということを痛感しました。
声が出なくなったことは、間違いなく体からのサイン。
内観してゆき、そして、氣づかされるのです。
ほんとうに伝えたいことが、どれほど後回しになっていたのか、ということに。

普段、「今日は風が強いね」とか「リモコン取って」とか、そんなことは喉からスムーズに声になって出てくるけれど。
言葉にしないと心が滞ってしまうような、そういうたいせつな言葉ほど、わたしはつい飲み込んでしまう。
だいぶ手放してきていたけれど、それでもまだ、言葉を飲み込む癖は根深かったようです。。
声を出せなくなったわたしの喉が教えてくれたこと。
それは・・・
声を出して伝えられることは、当たり前ではないということ。
そして、伝えられなかった言葉が、こんなにも喉にダメージを与えていたという事実。
「この言葉を飲み込むことで、まわりの調和が保たれるなら」
そう思って、今までにどれほどの言葉を飲み込んできただろう。
まわりの調和(もしくは目の前の人のそれ)が保たれたとしても、そのとき言葉を飲み込んだわたし自身は、極めて不調和です。
そんなこと、頭ではものすごく理解できているのに、つい、つい、飲み込んでしまうパターンをダラダラと続けてきたツケが起こした「声が出ない」体験でした。
喉さん、今までたくさんの言葉を飲み込ませて、ごめんなさい。
わたし、もう、感じたままに言葉にすることを我慢しません🤍
声が出ることって、それだけでしあわせ。
伝えられるって、ほんとうに豊かなこと。
当たり前なことなんて、何もないのに。
どれほど傲慢で、感謝のない自分だったか──。。涙
感じたこと、思ったことを、そのまま言葉にして出せたなら、世界はもっと調和したものになるはず。
わたしは、わたしが見たいと思っている美しい世界を、もっと目撃したい。
だから──
これからは今まで以上に、内側の調和も自己表現も、そしてそこから始まる外側の調和も、たいせつに過ごしてゆきたいと思います。
𓂃 𓈒𓏸
言葉の庭、5月の執筆企画「私、もう〇〇を我慢しません」に参加しました。
かぜの帽子さん、いつも素敵なお題をありがとうございます^^
haRu*☽
🤍響きのエッセイスト | haRu*☽
感性をひらき、音で癒し、言葉で還る──
“わたしらしく生きる”旅に寄り添うnote発信者
いいなと思ったら応援しよう!
もしもこの記事があなたにとってお役に立てましたなら、チップという形の応援をお願いします。
いただきました応援の想いは、これからの表現に活かしてゆきます♡