セカストウ賢一と山之内すずさんに関して、いともたやすく行われているかもしれないえげつない行為
セカンドストリートに買い物に行くことがある。
店内では、セカストの宣伝が行われている。
滝藤賢一さん扮する「セカストウ賢一」と山之内すずさんが共演しており、店長の「セカストウ賢一」さんがセカスト初心者の山之内すずさんに手解きしながらセカストの使い方を紹介する内容になっている。
私はいっつも疑問に思っていることがある。
それは「セカストウ賢一」さんが架空の人部である一方で、山之内すずさんがゴリゴリの実在する人物であることだ。
一体、セカストの宣伝の二人は、どの時空間のセカストにいるのだろうか。
私たちの世界には「セカストウ賢一」はいない。だが、山之内すずさんは実在している。
私たちの世界には滝藤賢一さんは存在する。そして山之内すずさんも先ほど述べた通り実在する。
これはよーくかんがえると、おかしなことなのではないか。
一見するとおかしいのは「セカストウ賢一」の方だ。
なぜなら名前がおかしい。セカンドストリートの略称・愛称であるセカストと、滝藤賢一さんの名前が混じっているよくわからないカタカナの羅列が名字?(名字かどうかすらわからない)になっているからだ。
だが、冷静に考えるとおかしいのは山之内すずさんの方だ。
というのも、「セカストウ賢一」のいるセカストの宣伝の時空間にも、あるいは滝藤賢一さんのいる私たちの時空間にも、その両方に山之内すずさんは存在しているからだ。
時空間を凌駕してしまっている。「セカストウ賢一」のいる世界と、滝藤賢一さんのいる世界の両方に、山之内すずさんは存在している。
よく映画や漫画などで、パラレルワールドがあり、少しずつ私たちのいる世界と様子が異なる世界が連続している描写がある。
「セカストウ賢一」のいる世界と滝藤賢一さんのいる世界とは、その差異をもってして、少しく異なっている。
おかしいのは山之内すずさんだ。
なぜ、たとえば「セカストウ賢一」のいる世界で、山之内すずさんは「山之内スト」だとか「セカ之内すず」だとかになっていないのか? なぜ山之内すずさんは複数ある世界線を普通に渡り歩いているのか。
山之内すずさんは、複数あるいは無限にあるパラレル世界を無限に渡り歩くことのできる能力者なのではないか。
このコマーシャルの世界観で頭がおかしくなってしまうのはこの点に原因が求められる。
2人いる演者のうち、ひとりが架空の人物でもうひとりが本人の場合、その時空間は一体どこになるのか。架空の世界であることを(あるいは現実の世界であることを)全く想像できなくなってしまうのである。
そして、数あるセカストの宣伝動画について、「セカストウ賢一」であるか滝藤賢一さんであるのか、よく目を凝らして観察してみてほしい。
すると、セカストのCMやその前後のインタビューを見ていると、「セカストウ賢一」が滝藤賢一さんに戻る? あるいは変化・切り替わりをしていることが多いことに気がつくだろう。つまりいつの間にか、どこか私たちの預かり知らぬところでパラレル世界が切り替わっているのである。
これは山之内すずさんの能力であるのではないか?
なぜなら2つの時空に共通して存在できている人物が山之内さん以外に確認できないからだ。パラレル世界を渡り歩く能力か、もしくはそれは、パラレル世界の切り替えに近い能力であるのかもしれない。
「セカストウ賢一」から滝藤賢一さんに変化するそのタイミングで、山之内すずさんが世界線をずらしている。
山之内さんが世界を渡り歩いているか、世界を切り替えているかは非能力者の私では判然としない。
だが、確実に世界を差し替えている。「セカストウ賢一」のいる世界と滝藤賢一さんがいる世界とをだ。
一体、二人のいるあのセカストは、どの時空間にあるものなのだろうか? 私(たち)の知るセカストと、何が異なっているのだろうか。
セカンドストリートに足を運んだ際にはぜひこの点についても皆さん自身で考えてみていただきたい。
