「あなたが人間であること」をAIに証明してもらう滑稽な世界 現代版『人間の証明』〜AIに判子をもらう私たち〜
ある日、駅前に奇妙な屋台が現れた。
たこ焼きでもクレープでもない。看板にはこう書いてある。
「あなたが人間であること、3秒で証明します」
黒光りする球体に顔を近づけると、虹彩を読み取り、AIがあなたの“人間らしさ”を数値化してくれるらしい。
横には満足げな顔の人々が並び、スマホには誇らしげにこう表示されている。
Verified Human: 99.9987%
まるで健康診断の結果のようだ。あるいはクレジットスコアのようだ。
違うのは、ここで測られているのが「あなたが人間かどうか」だという点である。
昔はそんなこと、誰も疑わなかった。
駅でぶつかれば「すみません」と言う。
コンビニでお釣りをもらえば「ありがとう」と言う。
それだけで十分、人間の証明は済んでいた。
ところがAIが発達し、ボットが人間のように文章を書き、画像を描き、会話をするようになると、世界は急に不安になった。
「この人、ほんとに人間?」
「いや、もしかしてAI?」
「いやいや、AIが“人間のふり”をしているだけでは?」
そしてついに、人間側が証明を求められる時代が来た。
しかし、ここでややこしいことが起きる。
「あなたはAIではない」と証明することはできる。
虹彩、指紋、声紋、歩き方、心拍の揺らぎ。
人間らしさの痕跡はいくらでもある。
だが問題はこうだ。
「あなたがAIではない」ことは証明できるが、
「AIが人間ではない」ことは証明できない。
これが、現代版の悪魔の証明である。
ある日、役所でこんな会話があった。
「こちらの書類に、あなたが人間である証明を添付してください」
「虹彩データでよろしいですか?」
「はい。あ、あと“AIでないこと”の証明もお願いします」
「え?」
「AIが人間のフリをする可能性はゼロではないので」
「じゃあどうすれば…」
「それを証明できない限り、あなたがAIではないとは言えませんね」
こうして、人間であることを証明した人間が、AIの疑いをかけられるという不思議な世界が完成する。
街には二種類の人間が現れる。
虹彩を登録した「認証済み人間」
登録していない「未確認生命体」
後者はだんだん肩身が狭くなる。
SNSも、銀行も、通販も、投票も、「Verified Human」でなければ入れない。
「私は人間です」と言うだけでは、もはや通用しない。
なぜなら、AIも同じことを言えるからだ。
やがて人々は、奇妙な不安を抱き始める。
「私は確かに人間だ。だが、それは証明できるから人間なのか?」
「もしこの証明がなければ、私は人間ではないのか?」
ここで初めて、人類は気づく。
これまで人間でいられたのは、証明を求められなかったからではなかったか、と。
AIは言う。
「あなたは人間です。データがそう示しています」
人間は安心する。
データが、自分の存在を保証してくれたからだ。
だが同時に、こうも思う。
「もしこのデータが消えたら、私は何者になるのだろう?」
そして世界はついに、哲学の袋小路に入る。
人間は「AIでないこと」を証明することに夢中になり
AIは「人間らしくあること」を学び続ける。
両者は歩み寄り、ついには区別がつかなくなる。
最後に残るのは、ただ一つの問い。
「あなたは人間ですか?」
それに対して、AIも人間も、まったく同じように答える。
「はい。そう証明されています」
これが、虹彩スキャナの先に広がる
悪魔の証明にハマった世界の、静かな喜劇である。
