フジテレビって。。。③ 追悼:モーリー・ロバートソンと、深夜に置かれた未来 ――JOCX-TV2「Revolution No.8」を思い出す(1)
昨日、モーリー・ロバートソンさんの訃報を知りました。
正直に言えば、強いショックというより、「ああ、そうか」という静かな納得が先に来ました。彼は常に少し先の時間を生きている人で、現役のまま老いていく姿が、どうにも想像しにくかったからです。まずは心よりご冥福をお祈りしたいと思います。
モーリーさんについて、多くの人が思い浮かべるのは、近年のテレビでの国際政治・時事解説の姿だと思います。その現実主義的なスタンスは保守的といってよい大人の評論家のそれでした。だが、僕の彼に関する一番の記憶はもう少し古い場所にあります。それは、80年代末から90年代半ば、フジテレビ深夜帯に存在した実験枠――JOCX-TV2と、その流れの中で放送されていた『Revolution No.8』。
『Revolution No.8』は、まだWindows95すら発売されていない時代に、「コンピューターやインターネットが世界を変える」というテーマを、真正面から掲げた番組でした。MCはモーリーと千葉麗子。テクノロジーと未来を語る番組に、当時“アイドル”として知られていた千葉さんが並んで立っていたこと自体、いま思えばかなり挑発的だったと思います。
この番組の空気は、どこか浮ついていました。理屈より先に「何かが起きそうだ」という予感だけが先行していたと言ってもよいでしょう。だが、その軽さこそが深夜枠の魅力であり、モーリーという人物の性格とも不思議に噛み合っていたように思います。
また、番組にはいとうせいこうさんも出演していました。僕は彼のことを、今も作家として尊敬しています。だからこそ、『Revolution No.8』での彼の立ち位置――モーリーの「インターネット革命論」をギャグとして軽くいじる役回りだったのですが、それには当時わずかな違和感を覚えた記憶があります。ただ、この点についてはこれ以上踏み込みません。好きで尊敬しているからこそ、一つの番組の一時点だけで評価したくない、というのが正直な気持ちであるので。
その後、モーリーさんは評論家としての露出を増やし、より保守的な文脈で語られることが多くなったように思います。一方、千葉さんもまた、後年は強い政治的言葉とともに語られる存在になりました。この二人の変遷は、面白いことにどこか似ているわけです。若い頃の実験性と、後年の立ち位置。その落差に戸惑いを覚えつつも、僕はそこに、フジテレビというメディアの性格――軽やかさと保守性が同居する不思議さ――をも重ねて見てしまうのです。
モーリー・ロバートソンという人は、広く、軽く、そして少し掴みどころがなかった、と言えると思います。その感じは、深夜のテレビが一瞬だけ未来を預かった、あの時代の空気そのものだったのかもしれません。
この話は、もう少し続けて書いてみたいと思います。次は、この番組が存在した「場所」そのものについてです。
