アラフィフ/私がバスケ少女だった小学生の頃①
ma-miです。
幼稚園の頃の記憶ってありますか?
イベントごとは覚えてたりは
するんですがあまり私は
記憶がないです。
だけど写真を見て親に
この時こうだったよね。
とか話を聞いているから
なんか知ってる感じで
その辺って少し曖昧で。
(皆さんそうじゃないです?)
でも小学生の頃はもうしっかり
覚えています。
私は小3の時にバスケ部に入り
(本当は4年生からしか入れなかったけど
姉がいたので入れた)
バスケに夢中になりました!
練習ではまだ球拾いや
基礎練のみ
(声出しも)
ただただキツイだけ
だけど自分がドリブルで
敵を抜かしていき
ゴールを決めてる姿が
もう私には見えてて。
(実際はまだゴール下での球拾いのみ)
だから毎日毎日
練習終わって1人
ドリブルをし
壁にパスをし
イメトレしてました。
(努力家だった)
そんな私は
努力のかいあって
4年生の頃から先輩を差し置いて
試合に出させてもらえたり
するようになりました
(プレッシャーはヤバいし昭和っぽい)
そんなある日
姉の担任の先生に呼び出され!
そして
渡された姉の文集
そこにはバスケ部で2年間
頑張ったことが
書かれていました。
そして先生は一言
『努力しても試合に出れない人もいるし
才能にあぐらをかくな』と
私は悔しくて。
もちろん早くからレギュラーに
させてもらってきましたし
だけど私は誰よりも
(その時の狭い世界の中でかもですが)
バスケが好きで
努力もやってきてたのに。
くそっくそっ
と思ったけどその文集
また姉の文も上手かったんです。
一生懸命にバスケに打ち込む姿
頑張っても頑張っても
報われない感情が
本当に細かく書かれていて
そりゃあ文集にも載りますよ。
そして先生もこの姉の気持ちを
この妹にしっかりわかってもらおうと
思ったんでしょう!!
だけど先生!
姉は5年生になって
絶対に入らないといけないから
バスケに入ってただけで。
姉には日舞という
姉が熱量かけるところが
あったんですから。
私とは熱量の場所違ったんですから!
と今この歳になっても
その時のことハッキリ
覚えています。
先生の気持ちは
色んな人の想いを背負って
頑張れって
ことだったと思います!
(きっと激励)
だけど小学生の私には
ビミョーな
ココロに残るエピソードでした
皆さんもそんな思い出ありますか?
ではまた!
