見出し画像

秒針の専制

2025年06月29日 55日目
ユリウス暦の 13 日差し込み、グレゴリウス暦の 10 日削り取り――皇帝も教皇もまず 暦をいじることで民の時間を握った。
中国の改元は天命リセット、日本の元号は新帝とともに未来に “しおり” を差し替える装置だ。
有史以来、支配とは「季節を呼び寄せ、稲穂の揺れに名前を刻む技術」だった。

だが 17 世紀、ガリレオの振り子が 太陽より正確な“絶対時間” をもたらす。
鉄道は時刻表で夜明けを上書きし、工場のサイレンが日没より先に眠気を呼ぶ。
人は東雲(しののめ)の赤より時計の文字盤を信じ、農耕も狩猟も自然のリズムから工学のメトロノームへ移籍した。


今日、その秒針は三つの場所で大音量のクリックを鳴らした。
午前1時33分、鹿児島・種子島――H2Aロケット50号機が温室効果ガス観測衛星「いぶき GW」を抱えて空へ。24年、成功率98%のままシリーズは幕を閉じ、次世代H3へバトンが渡る 。

数時間後、上野駅では満員のフラッシュを浴びながら 寝台列車「カシオペア紀行」 が仙台へ向け最後の汽笛を放った。「次の便は永遠に来ない」という希少性がホームの空気密度を上げる 。

同じ頃ブリュッセルでは、EUが 2040年排出削減目標の3%を“海外カーボンクレジット”で肩代わり可能にする草案をまとめた。未来の排出枠を今買うデリバティブが、産業界の新たな通貨になる 。


マーケターの眼で見れば、三つに共通する武器は 「締切エンジニアリング」 だ。
ラストフライトのライブ配信は「3、2、1」のカウントダウン自体を商品化し、スーパーチャットを呼び込む。
カシオペアは「終点」の二文字をラグジュアリーに変換し、ツアー単価を跳ね上げた。
CO₂クレジットは 2040年という“絶対時刻”を先物化し、「時間をお金に換える公式」を輸出する。

ギリシア神話の クロノス(量的時間)とカイロス(好機) を思い出す。
カイロスは後ろ髪のない少年――掴むのは一瞬。
企業はその少年に 人工の長髪を植え、好機を量産 する。
だが稀少性は裏返せば排除でもある。ロケット観覧席は富裕層で満席、カシオペアの記念チケットは転売サイトで高騰し、CO₂柔軟策は排出の先送りという“免罪符”になりかねない。


セネカは「時間は万人に平等だが、浪費では最も不平等になる」と嘆いた。
僕らは再び原初のリズムを手放した代償と向き合う。
あなたの手首で刻むチクタクは、ロケットの管制塔か、鉄路の終着駅か、ブリュッセルの予算案か。

その秒針は、誰の権力の音だろう?


出典:
・「最後のH2A、打ち上げ成功=『いぶきGW』搭載」(時事通信)/2025年06月29日
・「最後の出発をする『カシオペア紀行』」(時事通信)/2025年06月29日
・「EU、2040年気候目標に海外カーボンクレジット活用案」(ロイター)/2025年06月28日

いいなと思ったら応援しよう!

マーケ屋のひとりごと よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!