【ショート】悪夢と無防備な眠り~Bibleという日記
目が覚める。
まだ深い夜だ。
窓の外もホテルも、欲望たちはさすがに涸れ果て眠り耽ってる。眠りほど静かなものはない。欲もエゴも眠りのなかで一時停止しているからだろう。
何時間眠ったかわからないが、目が覚めたときを朝にしている。ほんの十数分しか眠っていないときもある。だけど、夜をひとつ乗り越えたと考える。
街にも、慣れた。一日歩き続けることにも慣れた。それだけ歩けば、顔見知りくらいはできる。だけど、眠りには慣れることができない。
眠りは、あまりに無防備だからだ。
夢からは逃れられない。
悪夢に怯えるわけじゃない。悪夢に魘されるのは、きっと幸せだからだ。
俺が怯えているのは、やわらかく、やさしい夢だ。或いは、記憶の回想。
それらは、俺が失ったものをまざまざと直面させる。失うというのは一度じゃない。毎日、毎日、失い続ける。みっともないが、泣いて目を覚ますこともある。
しかし、眠らないわけにはいかない。
夢から逃れるためには、とことんまで身体を疲れさせ、夢を見る余地を極限まで減らすことだ。
しかし、それでも見てしまうのが、夢だ。
だから、一人では寝ない。
誰かと寝るわけじゃない。試したことはないが、目が覚めたとき隣に誰かが寝ている方が、もっと胸は締め付けられるかもしれない。それは自ら人生を先に進めてしまったことになる。
だから、目が覚めたとき周囲に見知らぬ他人がいる環境で眠る。
例えば、昼下がりの公園のベンチだ。
目が覚めたとき、そこに見知らぬ他人のような『現実』があれば、その現実で夢を誤魔化すことができる。いや、夢の形をとった過去をそのまま保留できる。いずれにしても、俺にもまだ見境はあるようだ。
静まり返ったホテルをそっと出て行く。day5
©2026 文/有城佳音 切絵/有城見萌
