見出し画像

【ショート】私を、探してくれる?~Bibleという日記

 目を覚ます。
 ホテルは、寝静まっている。
 夜明け前。
 俺だってまだ眠っていてもいいじゃないか。
 ぼわり、ぼわりと、膨らんでは縮む、眠りの波に引きずり込まれる。
 もういいじゃないか。
 哀しい夢に呑み込まれても。
 起きていても、それに変わりはないんだから。

 四か月も歩き続ければ、疲れもする。
 隣の部屋で眠る娼婦の安らかな呼吸を思う。
 ロビーで酔い潰れている娼婦のヒモたちを思う。

 みんなと同じように眠っていればいいじゃないか。みんなと同じように寝坊して、みんなとデリバリーで遅い朝食か早い昼食をとる。

 それでどうなる? 
 みんなと同じように、この世界で慎ましい人生を送るのか? 
 
 わからない。
 もう疲れたよ。
 たった四ヶ月で疲れるのか?
 たった四ヶ月? 俺は笑う。ならやってみればいい。
『それは私がやることじゃないだろ?』

 はっと目を覚ます。起き上がる。
 薄暗いランプが照らすいつもと同じ殺風景な部屋が見える。
 昨日と同じ古ぼけたドアに、昨日と同じ壊れたクローゼット。窓辺のテーブル。飲みかけの缶コーヒー。昨日と同じ記憶。

 ベッドに倒れ込み、強く目を閉じる。
 もういいんじゃないか?
 アルに頼んで客室係にでもなればいい。いやそんな回りくどいことをする必要もない。マフィアになればいい。もう命はいらないのだ。

 きみの言葉が蘇る。
『どんなことがあっても私を探してくれる?』
 じゃあ、きみに、訊きたい。
「本当に、俺が探してもいいのか?」
 もちろん、答えはない。
 胸の奥を踏みにじられるような絶望に締めあげられる。だけど命をとってくれるわけでもない。
 絶望から逃げるように、今日も、昨日を続ける。

©2026 文/有城佳音 切絵/有城見萌


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集