【ショート】どうせあの部屋は空いてる~Bibleという日記
セフィニホテルは、うだつの上がらないマフィアがやっているいい加減なホテルだ。
フロント係がいるわけでも、客室係がいるわけでもない。支配人のアルが、ひとりで切り盛りしている。
と、言ったところで、特に切り盛りもしていない。廃れるままに身を預けている、うだつの上がらないマフィアの使い走りだ。
しかし、走るわけでもない。
どんな状況でも落ち着いたものだ。
元はプロのクラブチームに所属していたが(例の期待すると負けるクラブだ)足を怪我し、そのままふらふら生きている。
だが、無能でもなければ、悪い奴ではない。腹も座っているし、目端も効く。もう少し出世してもおかしくない。だけど、彼には冷酷さに欠けてる。冷酷さというのは生まれ持ったもので、修練で身に付くものではないし、またその気もない。
俺は部屋代を毎月纏めて支払っているが、もし払えなくなっても、催促すらしないだろう。
俺がこのホテルにたどり着いたとき、無一文だった。
『明日、必ず払う』
俺のいい加減な口約束に、彼は黙って鍵を放って寄越した。
『よく信じたな』
『信じてないよ』
『なら、どうして部屋を貸した?』
『どうせあの部屋は空いてる』
彼がいたから、俺は何とか203号室にたどり着けた。もし彼がいなければ、俺は別の非合法的な手段を考えなければならなかった。そして、俺がこの世界にいる経緯を話したただひとりの人間だ。
彼は俺の話を聞くと、何も言わず、しばらく考えて、俺の肩をひとつ叩いて歩いて行った。信じたかどうかはわからない。いや、信じるわけがないし、信じられてどうなるものでもない。
彼は現実的に考えて、現実的な結論に到達したのだろう。203号室のトイレとシャワーの修理をしてくれた。彼の思いやりなのかもしれないし、長引くと考えたのかもしれない。
何かあれば、この男を頼ればいい。
彼は機転がきく。世慣れもしてる。拳銃が必要ならば、彼に頼めば十分もかからない。女ならばもっと早い。
だけど、俺ときみの抱えている問題には100%役に立つことはない。そんなことで役に立つ者は、この世界にはいない。ひとりいるが、きみも知っているとおり、あまりあてにはならない。
©2026 文/有城佳音 切絵/有城見萌
