【ショート】世界の破滅と普通の朝~Bibleという日記
ときどき、ふっと思う。
俺の精神も俺自身も、もうとっくに破綻してるのかもしれないと。笑ってはいても、ぜんぜん笑っていない。俺のなかにはもう何も求めるものがなくなっている。食欲もなく、睡眠欲もなく、欲という欲がない。
死んだと考えるのが自然のような気がするし、それならば別の世界へ来たというのも理解できる。
しかし、何事も理解したからといって、現状は何一つ変わることはなく、自分が自分だと思っているものを継続していくしかない。これ以上、事態の悪化させるわけにもいかないのだ。
だから一応、きちんとした「人間」として、ダイナーのテーブルにつき、まともな顔をしている。
オレンジ色のミニのユニフォームを着た、鶏ガラのように痩せたウェイトレスの御婆さんは、笑いはしないが、ぎょろりとした目で俺を一瞥し、声はかけてくれる。
「おはよう。調子はどう」
「悪くないよ。おはよう」
検査されているような会話だが、とりあえずは、ごく普通のなかに納まっていることができる。
「この世界はやがて破滅する。俺の記憶はいずれ消滅する」なんて、大騒ぎすれば、野放しにしておくわけにもいかなくなるだろう。実際、ハンドベルを打ち鳴らして「世界の滅亡」を唱えていたおっさんは警察に保護され連行されて行った。
この世界が破滅しようと繁栄しようと、知ったことじゃない。俺は彼女を見つけ出し、元居た世界に還るだけだ。しかし、簡単には彼女を見つけられない以上、世界の破滅は他人事ではなくなり、救わなければならなくなった。そのためには、自分の記憶だって守らなければならない。
これを狂ってると思わないのは、この先を知っている「きみ」だけだろう。
世界は破滅して、記憶は消滅するという切羽詰まった状況ではあるけれど、俺には意外とたくさんの時間がある。不思議なもんだ。
手をあげてコーヒーのおかわりを注文する。day6
©2026 文/有城佳音 切絵/有城見萌
