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カフェのソファ席で気づいた、自分の思い込み


カフェで見かけた席順が、自分の思い込みを教えてくれた

カフェやファミレスで、男性がソファ席、

女性が椅子席に座っているのを見かけることがある。

そんな場面を見て、

「女性に譲ればいいのに」

と思ったことはないだろうか。

実は、かつての私はそうだった。

その場で注意するわけではない。

でも心の中では、「気配りが足りない人なのかな」

と決めつけていた。


私が見ていたのは席順だけだった

当時は、それが普通の感覚だと思っていた。

ところが社会人になり、

仕事でさまざまな人と食事をするようになると、

その見方が少し変わった。

恋人や夫婦なら、女性がソファ席という場面は多い。

一方で、先輩後輩や上司部下では、

ソファ席が上座として扱われることもある。

その場合は、

「男性だからソファ席」

ではなく、

「立場が上だからソファ席」

というだけの話だ。

外から見れば同じ光景でも、

その理由はまったく違うことがある。

考えてみれば当然なのに、

以前の私はそこまで想像していなかった。

見ていたのは席順だけで、

その人たちの関係は見えていなかったのである。


「見えたこと」と「分かったこと」は別だった

この出来事以来、少し気になることがある。

私はソファ席だけでなく、

ほかの場面でも同じことをしていたのではないか、

ということだ。

SNSの短い投稿を読んで、

その人の人柄まで想像してしまう。

職場でほんの一場面を見て、

「あの人はこういう人なんだろう」と思ってしまう。

後になって事情を知り、「そういうことだったのか」

と感じた経験は、一度や二度ではない。

見えているものは事実だ。

でも、その意味まで見えているとは限らない。

そんな当たり前のことを、

私はソファ席から教わった。


私が試すようになった、たった一つのこと

それ以来、人を見て何か引っかかる場面では、

一つだけ試していることがある。

すぐに結論を出さず、

「自分の知らない事情があるかもしれない」

と、一度だけ考えてみることだ。

もちろん、それで答えが分かるわけではない。

最初の印象が正しいこともある。

ただ、このひと呼吸を入れるだけで、

「勝手に腹を立てていたな」「思い込みだったな」

と後から気づくことが、以前より減った気がしている。

相手のためというより、

自分が早とちりで疲れないための、小さな習慣になった。


ソファ席は、ただの座席だった

カフェやファミレスのソファ席は、

ただの座席である。

それなのに私は、その席順だけを見て、

その人の気遣いまで判断したつもりになっていた。

今でも同じような場面を見ることはある。

でも、以前ほどすぐには結論を出さなくなった。

「あの二人には、私の見えていない

前提があるのかもしれない。」

そう考えるようになってから、

人を見る目が鋭くなったというより、

少しだけ慌てなくなった気がする。

ソファ席の話は小さな出来事だ。

けれど、日常にはこんな

「見えたものだけで判断してしまう場面」が、

案外たくさんあるのかもしれない。

だから私は今でも、何かを見てすぐに評価したくなったときほど、

一呼吸置いてみることにしている。

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