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「軍事国家」の奥深さに、W杯出場国を分類して気づいたこと: 私たちが混同している5つの異なる概念


はじめに

前回の記事では、日本語の「要塞国家」という言葉が、実は複数の異なる英語概念を一括して訳したものであることを紹介しました。今回取り上げる「軍事国家」という言葉も、それによく似ています。

新聞やニュースでは、「あの国は軍事国家だ」「軍事国家化が進んでいる」といった表現を見かけます。しかし、この言葉が何を意味するのかと改めて問われると、意外と答えに困ります。軍隊が強い国でしょうか。軍人が政治を支配している国でしょうか。軍国主義の国でしょうか。それとも戦争を好む国でしょうか。

実は、これらはすべて別々の概念です。政治学や比較政治学、国際関係論では、それぞれ異なる英語の概念として整理されています。そして興味深いことに、それぞれが着目している対象も異なります。

ある概念は「国家の機能」を見ています。別の概念は「政治権力」を見ています。さらに別の概念は「政治制度」や「社会思想」を見ています。つまり、「軍事国家」という日本語は、一つの概念ではなく、複数の異なる分析軸をチャンポンしてしまった言葉なのです。

前回の「要塞国家」、そして今回の「軍事国家」に筆者が関心を持つに至ったきっかけは、ワールドカップ2026出場48カ国を分類(類型化)する過程で、分類することの困難さ、というか、単に「国家を分類すること」だけでなく「国家をどの角度から見るのか」という視点の重要性を再認識したことにあります。

ということで今回は、「軍事国家」に関連する5つの概念の違いを整理してみたいと思います。この手の記事は超ニッチで、noteでは読者を得にくく、むしろ読者離れを来しかねない危ういテーマだと自覚しつつ、今回限り、マイペースで論じます。(「軍事国家」をイメージした見出し画像にすると、PVがゼロで固定されそうなので、「平和」をモチーフにしたカバー画像にしました😄)

(1)狭義の軍事国家(Military State)――軍事を国家運営の中心に据える国家

最も素直な意味を持つのが Military State です。文字どおり、「軍事が国家運営の中心に位置づけられている国家」を意味します。ここで重要なのは、「誰が政治を支配しているか」は問題ではないという点です。注目しているのは、国家が軍事をどれほど重視しているかです。

例えば、
・国防費の比率が高い
・徴兵制度が維持されている
・軍事研究への投資が大きい
・外交政策が安全保障を中心に組み立てられている
といった特徴が見られる国家です。

つまり、Military State は「国の機能」としての軍事を見ています。したがって、民主国家であっても Military State になり得ます。

歴史上、しばしば典型例として挙げられるのがプロイセン王国です。18~19世紀のプロイセンでは、軍隊は国家の一部というより、国家そのものを形作る存在でした。有名な言葉に、「プロイセンは国家が軍隊を持っているのではなく、軍隊が国家を持っている」というものがあります。

実際の出典については議論がありますが、プロイセンの性格を象徴する表現として今日でも広く知られています。徴兵制度を軸に行政機構が整備され、教育制度や官僚制度も軍事的規律の影響を受けました。

また、現代ではイスラエルシンガポールもしばしば例として紹介されます。もちろん両国は民主国家ですが、周囲の安全保障環境が厳しいため、徴兵制度や予備役制度を含め、国家運営全体が安全保障を中心に設計されています。

ここで重要なのは、「Military Stateだから軍人が政治を支配している」とは限らないことです。軍事を重視する国家と、軍隊が政治を支配する国家とは、まったく別の概念なのです。


(2)軍部支配国家(Military-Dominated State)――軍隊が政治を支配する国家

次に登場する Military-Dominated State は、Military State と名前は似ていますが、着目点はまったく異なります。ここで問題になるのは軍事力ではありません。「政治権力」です。

つまり、「誰が国家を支配しているのか」が分析対象になります。クーデターによって軍が政権を掌握する。憲法上は文民政府でも、実際には軍最高司令部が政治を左右する。重要閣僚の多くを現役軍人や退役将官が占める。このような国家が Military-Dominated State と呼ばれます。

代表例としてまず挙げられるのがミャンマーでしょう。1962年以降、軍は長年にわたり国家の実権を掌握してきました。2021年のクーデター以降も軍政が続いており、政治の最終決定権は依然として軍にあります。

また、チリでは1973年のクーデターでアウグスト・ピノチェト将軍が政権を掌握しました。軍事政権は1990年まで続き、その間、軍は政治・行政・治安を全面的に支配しました。ギリシャ軍事政権(1967〜1974年)や、アルゼンチン軍事政権も典型例です。

一方、タイでは軍が繰り返しクーデターを起こしながらも、民政復帰との間を行き来してきました。そのため、「軍部支配国家」と「文民国家」の中間的な事例として論じられることが少なくありません。

Military State が「軍事を重視する国家」であるのに対し、Military-Dominated State は「軍隊が政治を支配する国家」です。両者は重なることもありますが、必ずしも一致しません。


(3)プレトリアン国家(Praetorian State)――軍隊だけが問題なのではない

ここで登場するのが、政治学では非常に重要な Praetorian State です。この概念を体系化したのは、『変革期社会の政治秩序』で知られる政治学者サミュエル・ハンチントンです。

Praetorianとは、古代ローマ皇帝直属の親衛隊(プラエトリアニ)に由来する言葉です。そのため、「軍人支配国家」のことだと思われがちですが、実際にはもっと広い概念です。ハンチントンが問題にしたのは、「軍隊が政治に介入すること」そのものではありません。

「Praetorian State」の日本語訳として、「親衛隊国家」「衛兵国家」「武断国家」などの語が充てられることがありますが、概念的にしっくりこないので、あえて訳さず「プレトリアン国家」と表現することにします。なお、日本史における武断国家については、記事の一番最後に追記しています。

政党、議会、司法といった政治制度が十分に成熟していない社会では、本来は政治の外側にあるはずの組織が次々と政治へ介入するようになります。軍隊、官僚機構、宗教勢力、財界、学生運動、労働組合などなど、です。

これらが互いに政治権力を争い、政治や社会のルール・制度が安定せず、国民の民主的な政治参加が阻害された状態が、Praetorian State の本質です。軍隊が「政治の審判」のように振る舞い、「最も強力なプレーヤー」であることが多いものの、唯一のプレーヤーではありません。

この概念を理解する上で興味深い例がエジプトです。エジプトでは軍が極めて強い政治的影響力を持つ一方、宗教勢力や司法、官僚組織も政治に大きな影響を及ぼしてきました。2011年の「アラブの春」以降には、市民運動、イスラム主義勢力、軍、司法が複雑にせめぎ合う姿が世界中に報じられました。

また、パキスタンもしばしば Praetorian State の例として紹介されます。歴史的に軍の影響力が強いだけでなく、政党、司法、宗教勢力、情報機関などが政治過程へ深く関与してきたためです。

さらに、ハンチントンは1960年代当時のラテンアメリカ諸国中東・アフリカの新興独立国にも、この概念を適用して分析しました。

ここで Military-Dominated State と比較すると違いがよく分かります。Military-Dominated State が「誰が支配しているか」という権力の所在を問題にしているのに対し、Praetorian State が問うているのは、「政治制度が制度としてどの程度成熟し安定しているか」という政治システムそのものです。

つまり、Praetorian State は軍隊を分析する概念というより、「政治制度の成熟度」を分析する概念なのです。

ここまで読まれた方は、「軍事」という言葉が、実は国家のさまざまな側面を見ていることに気付かれたかもしれません。しかし、まだ終わりではありません。

政治学や国際関係論では、「軍隊が強いこと」と「軍事を美徳と考えること」、さらには「戦争を外交手段として積極的に用いること」まで、それぞれ別々の概念として区別されています。次に、その二つを見ていきます。


(4)軍国主義国家(Militaristic State)――軍国主義という思想

四つ目は Militaristic State です。Military と Militaristic は、一文字しか違いません。しかし、その意味は大きく異なります。Military が国家機能を表すのに対し、Militaristic が見ているのは社会全体の価値観です。

つまり、
「軍事を美徳と考える社会」
「軍人を理想的人物として称賛する文化」
「軍事的規律を社会全体へ広げようとする思想」
こうした特徴を持つ国家を指します。

日本語では「軍国主義国家」と訳すのが最も近いでしょう。ここで重要なのは、軍人が政権を握っているかどうかは、本質ではないということです。

例えば、昭和前期の日本では、学校教育の中で忠君愛国や滅私奉公が強調され、軍人は国家の模範的人物として描かれました。新聞や映画、雑誌などでも軍隊は英雄的に扱われ、少年向け雑誌では兵士への憧れを育てる記事が数多く掲載されました。社会全体が軍事を価値あるものとして受け入れていたという意味で、日本は Militaristic State の代表例としてしばしば挙げられます。

同様に、ナチス・ドイツでも軍事は国家の誇りであり、武力による国家の発展が積極的に称賛されました。

また、ムッソリーニ政権下のイタリアでも、「戦争は民族を鍛える」という思想が国家によって広く宣伝されました。

逆に言えば、徴兵制度があることだけでは Militaristic とは言えません。例えば、現代の北欧諸国やイスラエルには徴兵制度がありますが、それだけで軍国主義国家と呼ぶ政治学者はほとんどいません。Militaristic State が見ているのは軍隊ではなく、「社会思想」なのです。


(5)好戦国家(Belligerent State)――戦争を選びやすい国家

最後が Belligerent State です。Belligerent とは「交戦的」「好戦的」という意味です。つまり、「戦争を外交手段として比較的積極的に用いる国家」を指します。ここで見ているのは軍隊でも思想でもありません。外交行動です。

例えば、19世紀初頭のナポレオン時代のフランスは、その代表例でしょう。革命戦争からナポレオン戦争へと続く約20年間、フランスはヨーロッパ各地で軍事行動を展開しました。

また、1930年代から第二次世界大戦期にかけてのナチス・ドイツ大日本帝国も、対外的な武力行使を積極的に選択した国家として、歴史学や国際政治学で論じられています。

もちろん、ここで注意しなければならないのは、「好戦国家」は評価を伴う概念だということです。そのため、現代の国家について軽々しく「Belligerent Stateである」と断定することは、学術的にも慎重であるべきでしょう。むしろ、この概念は歴史上の国家を分析する際によく用いられます。

また、Belligerent State は Militaristic State とも異なります。社会が軍事を美徳としていても、外交政策は慎重である場合があります。逆に、社会全体が軍国主義ではなくても、特定の政権が積極的に武力行使を選択することもあります。

つまり、「軍国主義」と「好戦性」は重なることはあっても、同じ概念ではありません。

「軍事国家」という一語では足りない
ここまで紹介してきた五つの概念を整理すると、次のようになります。

$$
\begin{array}{l:l:l:l:l}
英語概念 & 日本語イメージ & 着眼点 & 主な特徴 & 具体例 \\
\hline
Military State & 軍事国家 & 国家機能 & 軍事を国家運営の中心に据える & プロイセン、イスラエル \\
Military-Dominated State & 軍部支配国家 & 権力構造 & 軍隊が政治の実権を掌握している & ミャンマー、チリ(ピノチェト期) \\
Praetorian State & プレトリアン国家 & 政治制度 & 制度が未熟で、軍を含む諸勢力が介入 & エジプト、パキスタン \\
Militaristic State & 軍国主義国家 & 社会思想 & 軍事的な価値観を美徳とする & 戦前日本、ナチス・ドイツ \\
Belligerent State & 好戦国家 & 外交行動 & 外交手段として武力行使を選びやすい & ナポレオン期のフランス \\
\hline
\end{array}
$$

この表を見ると、五つの概念はいずれも「軍事」に関係しているにもかかわらず、実際にはまったく異なる対象を分析していることが分かります。

それぞれ、国家機能、権力構造、政治制度、社会思想、外交行動に主眼をおいた用語なのです。「軍事国家」という日本語一語では、この違いを表現できません。ではこれらの概念が、個別に無関係かというと、そうではないのです。

例えば、第二次世界大戦期の日本は、Military State でもあり、Militaristic State でもあり、対外政策という観点からは Belligerent State の性格も持っていました。

一方、軍政下のミャンマーは Military-Dominated State の代表例ですが、必ずしもMilitaristic State とは言えません。

また、イスラエルは Military State として紹介されることはあっても、軍国主義国家と位置付けられることは一般的ではありません。

つまり、一つの国家は複数の特徴を同時に持つこともあれば、ある特徴だけを持つこともあります。これらは「どれか一つを選ぶ分類」ではなく、「異なる分析軸」なのです。

ここで参考までに、これまで挙げてきたいくつかの国に着目した横断的な一覧表を、「各概念との該当性を比較するための試案」として示します。歴史的時期や研究者によって評価が分かれる部分もあり、「その国の本質を断定する分類」ではなく、あくまでも、一つの考え方を提示したものであることにご留意ください。

おわりに

私たちは日常会話の中で、「あの国は軍事国家だ」と何気なく口にしたり、レッテルを貼ったりしがちです。しかし、その一言だけでは、本当は何の説明にもなっていません。

軍事予算が大きいことなのか。軍隊が政治を支配していることなのか。あるいは軍国主義という思想が優位なのか。それとも外交的に武力行使を選びやすい国のことなのか。英語では、それぞれ異なる概念として区別されています。

もちろん現実の国家は、それら複数の特徴を同時に持つことも珍しくありません。しかし、それは概念が同じだからではなく、「国家の異なる側面」を見ていて分析軸が重なっているからです。

前回取り上げた「要塞国家」もそうでしたが、日本語では一つの訳語が、英語では複数の概念に分かれているケースは決して少なくありません。翻訳は知識への入口になりますが、ときに概念の輪郭をぼかしてしまうこともあります。

「軍事国家」という一つの言葉の背後にも、国家機能、権力構造、政治制度、社会思想、外交行動という、五つの異なる世界が広がっています。その違いに気付くだけでも、ニュースや歴史の見え方は、これまでとは少し違ってくるのではないでしょうか。

ところで、ウクライナ紛争を契機として、ハイブリッド戦やサイバー安全保障の議論が活発化していますが、これらの文脈では、従来の概念の境界がさらに曖昧になってきているように感じます。物理的なハイテク兵器やシステムに着目するだけでなく、「軍事国家」という概念の再考も求められているのかもしれませんね。

(追記1)ワールドカップ2026出場48カ国の該当性

例によってワールドカップ2026出場48カ国において、「軍事国家」に少しでも該当する要素のある国について、5つの概念のいずれに該当するかの整理表をおまけとして載せておきます。

繰り返しますが、あくまでも試案に過ぎず、え?この国が軍事国家なの?、と感じる国もあるかも知れません。例えば、Military State(軍事国家)に該当する国が意外と多い印象を受けるかもしれませんが、一般的な軍事国家のイメージとは異なり、国防費(防衛予算)の比率が高い、徴兵制度が存在する、あるいは近年の外交政策で安全保障が重視されている国は○や△に区分される傾向にあります。

(追記2)Garrison StateやNational Security Stateとの関連

前回の記事で、ハロルド・ラスウェルのGarrison State(兵営国家とか要塞国家と訳される)を取り上げましたが、この概念と、今回の軍事国家との関係が気になるところです。Garrison Stateは、「暴力の専門家が社会で最も強力な集団となる世界」を想定した概念です。つまり単なる「軍隊が強い国」ではなく、軍人・治安機関・技術官僚などが国家運営を支配する未来予測的モデルです。

また、National Security State(安全保障国家)という概念もあります。こちらは、軍だけでなく、情報機関、治安機関、外交・防衛官僚、軍産複合体などが一体化し、「安全保障」を名目に国家機能が膨張する概念です。したがって、これは Military State より広く、Police State や Surveillance State にも関連します。

(追記3)日本史における「武断国家」概念との関連

日本史では、徳川家康・秀忠・家光の初期三代の時期に、幕府が大名統制や改易を含め、強い武力的権威を背景に支配を固めた江戸初期の政治のことを「武断政治」と称します。4代家綱以降の文治政治との対比で用いられる用語ですが、江戸時代初期の幕藩体制のみならず、明治から昭和初期の武化国家のことを指して「武断国家」と表現されることもあります。

江戸幕府は近代的な国民軍・軍事官僚制・軍産複合体を持つ国家ではなく、武士身分が支配階級であり、戦国の余韻の中で武力的威圧によって秩序を確立した「前近代的な武士支配国家」であり、近代政治学の military state などの概念に当てはめるのは慎重を要します。

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