カールの言葉から考える「私だけのラグジュアリー」
真のラグジュアリーとは、Tシャツと同じように気軽に着られるもののことだ
私が最も敬愛するデザイナー、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld, 1933年 - 2019年)。
彼は20世紀後半から21世紀初頭のファッション界において、最も影響力があり、かつ多作であったデザイナーの一人です。
「モードの帝王」と称された彼は、シャネル、フェンディ、そして自身の名を冠したブランドを同時に率い、長きにわたってファッション界の頂点に君臨し続けました。
「気軽さ」の裏にある本質
「真のラグジュアリー」を語れる域にはもちろんまだ及びませんが、この名言に触れるたび、その本質について考えを巡らせてしまいます。
ラグジュアリーとは、決して見た目の豪華さだけで作るものではなく、ましてや無理をして作り上げるものでもない——。彼の言葉からは、そんなメッセージを受け取りました。
そもそも、頑張りすぎたり、何かを我慢して服を着ていたりしては、そこに「エレガンス」は宿らないのではないでしょうか。
その服を、自分のものにするということ
誰かにとって気軽に着られる服でも、他の誰かにとってはそうではないかもしれません。
言い換えるならば、「その服を気軽に着こなせる自分」になって初めて、その袖に腕を通すべきだということ。
カールが、あえて「Tシャツ」という極めて身近なアイテムを引き合いに出したこと。
そこには、ラグジュアリーとは決して遠くにある特別なものではなく、一人ひとりそれぞれの形があるのだ、という肯定が含まれているように思うのです。
一人ひとりの「正解」を認める
自分にとってのラグジュアリーを肯定できたとき、私たちは初めて、他人のラグジュアリーをも心から認めることができるのではないでしょうか。
装いに、誰にでも当てはまる唯一の正解はありません。
あるのは、一人ひとりの内側にある「自分だけの正解」。
帝王が残した言葉の先に、そんな自由なファッションの在り方を見出しています。
ちなみに彼はあるインタビューで
「仕事が多すぎると感じることはないか?」という問いに対し、「仕事こそが私の呼吸であり、休暇は退屈だ」と答えたそうです。
だからこそ、彼のデザインした服からはとてつもないエネルギーを感じるのだと思います。
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