「美しく、黙りなさい」と言われ続けた時代の向こう側で
先日、久しぶりに映画館へ。
お目当てはこちら。


映画は驚くほどシンプルだ。
次々と女優たちのインタビューが流れる。
派手な演出もない。
でも、だからこそ言葉が迫ってくる。
上映後のトークイベント
上野千鶴子さんの言葉を借りれば、彼女たちは実に「雄弁に」語っていた。
ジェーン・フォンダの語りなど、その象徴だった。
映画の中で繰り返し感じたのは
彼女たちが求めていたものは結局のところ「自由」だったということだ。
Women's Lib。
女性解放運動。
その根底にあったのは、誰かに与えられる自由ではなく
自らの人生を自ら選ぶ自由への希求だったのだと思う。
映画の中では
今日であれば当然語られるであろう性的ハラスメントについて
ほとんど触れられない。
しかしそれは存在しなかったからではない。
語れなかったのだ。
まだそれを言葉にすること自体が困難だった時代だった。
だからこそ、女性たちはまず「語る」ことから始めなければならなかった。
男が描く、男が求める女性たちを演じていた女優たち。
だが、これは女優や女性だけの話ではない。
わたくしたちは皆、知らず知らずのうちに
誰かが期待する自分を演じて生きてはいないだろうか。
親の期待、社会の期待、周囲の期待。
あるいは、自分自身が作り上げた「こうあるべき」という思い込み。
そうしたものから少しずつ自由になっていくこともまた
「自由」の一つなのだろう。
時代は変わった。
しかし、上野さんがおっしゃったように
それは自然に変わったのではない。
誰かが変えたのだ。
声を上げた人たちがいた。
語った人たちがいた。
行動した人たちがいた。
だから今がある。
変化は一直線ではない。
前に進むこともあれば、後ろに戻ることもある。
だからこそ、その都度問い続けなければならないのだろう。
自由とは何か。
自立とは何か。
そして、女性が自分の人生を生きるとはどういうことなのか。
映画が終わったあと、会場には拍手が起こった。
決して大きなものではなかった。
けれど、その拍手は美しかった。
私はあの拍手に、小さな希望を見た気がした。

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