孤独な日曜日を乗り越えるには
日曜日。
それは、私にとって最も感情がジェットコースターのように乱高下する曜日である。
どんなに有意義な一日を過ごしても、これから始まる悍ましい憂鬱な日常(=仕事)の影がどうしてもチラついて仕方がないのだ。
この現象は、充実した一日を過ごせば過ごすほど起こりやすい。
こんなに楽しかったのに、明日からまた地獄を生きなければならないなんて…と思ってしまう。
ましてや「明日からも頑張ろう〜!」なんて思えない。
できることなら今日みたいに、ゆっくり朝起きて、本を飲んで、ときには植物に水なんかあげちゃったりして、自分のためにちょっとだけ手間をかけてご飯を作りたい。
上記のような生活は、"きちんとした人"なら平日も出来るのかもしれないが、あいにく私はその部類ではない。
仕事のある日は1秒でも長く寝ていたいので、朝ごはんを平気で抜く。
適当な格好で、適当なメイクをし、あんまり会社の人には顔を見られたくないのでマスクをしていく。
昼ごはんも適当に済ませ、家に帰ってくると、心は本を読みたがっているのに触っているのはスマホばかり。
そんな私が本当に自分らしく輝けるのは、金曜の夜と土曜日だけなのかもしれない。
よく、「〇〇を知らないなんて人生の半分を損してるよ」という会話を耳にすることがあるが、私はこの性格のせいでせっかくの日曜日を楽しみきれていないし、きっとこのことで少なくとも週一回は損しているので、人生換算でいうと確実に7分の1は損している事になる。
そんな7分の1損してますガールが、本屋で偶然出会ったのが「私の孤独な日曜日」であった。
この本は年齢や環境も異なる17名が、各々感じた「孤独な日曜日」について綴っているエッセイ集である。
読んでいると、それぞれが孤独でセンチメンタルな日曜日をありのままに受け止めながら過ごしたり、足掻いてみたり、抗ってみたりしている。
ただ、どの方も自分なりに折り合いをつけて、それぞれの日曜日を過ごしている。
私だけじゃないんだ、とほっとする反面、孤独を受け入れながらも進もうとしているそれぞれの愛おしい日曜日を羨ましくも思った。
ふと、自分にとってニュートラルな気持ちで過ごせた日曜日がこれまであったか思い返してみることにした。
すると、あったのだ。日曜日が嫌じゃなかった日々が。
それは、一昨年のこと。
実は、半年間だけ商店街の一角にあるセレクトショップで名ばかりの店長をしていたことがある。
土日は一番の書き入れ時なので休めないし、休憩もままならない。
だけども私にとってはあまり苦ではなかったのだ。
お店は閑古鳥がなくよりも賑やかな場所であってほしい。
来てくれたお客さんが商品に興味を持ってくれる瞬間が嬉しい。
他愛もない会話ではあるが、商店街特有の、血の通った温かみのある会話をいつも以上に色々な人とできることが楽しい。
この頃の私にとって、日曜日は案外充実していたのだ。
ここには書ききれない程の様々な事情により、その後すぐにその店を離れて今の仕事に就いた。
と、ここまで書いていて私は、働く事が決して嫌いではないことに気がついた。
むしろ仕事が生活の一部となり、それが自分に馴染んでいればいるほどしっくりくるということに、今になって気づいたのだ。
もしかして、今の私は、自分で孤独な日曜日を作り出しているのかもしれない。
となると、孤独じゃない日曜日を作り出すのも自分だけなのかもしれない。
私は17人の日曜日を垣間見ることで、自分の孤独な日曜日を見つめなおすきっかけとなった。
もうしばらく孤独な日曜日は続きそうだが、いつか「日曜日も案外悪くないよ」と言える日々をこれからせっせと紡いでいきたい。
いいなと思ったら応援しよう!
応援いただけたら嬉しいです☺︎
ご期待に添えるように今後も頑張ります!!!!
まずはあなたに届くように!!!
