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「厳しい規律」でも「楽」でもない。人を動かすのは「無理ゲーに挑む楽しさ」でありたい。

・ちゃんみなの『Area of Diamond -Final-』を経て

先日、ちゃんみなの『Area of Diamond -Final-』というライブに行った。

デビューから10年。
彼女がどんな苦しみや葛藤を乗り越え、努力を重ねてこの東京ドームというステージにたどり着いたのか。

その歩んできた歴史が凝縮されたステージは、単なる音楽ライブというよりも、一本の濃厚な大作映画を観ているようだった。

初期の小さなライブハウス時代からともに歩んできたメンバーも駆けつけ、変わらない信念を胸に進化し続ける姿に、胸が熱くなり普通に泣いた。笑

なんでそこまで感動したのかな?と考えてみると、ただ音楽に乗って盛り上がるだけの楽しさではなく、
そこに行き着くまでの壮絶な泥臭さや努力のプロセスが見えるからこそ、観る側の感情は深く揺さぶられ、心の底から「楽しめた」のだなと感じた。

久々に、鳥肌が立つほどの感動を伴う楽しさを味わった経験だった。

帰り道テンションが上がりすぎて、一緒に行っていた夫と**「自分たちの仕事でも、いかにこういう濃密な10年を作っていくか」**という話をした。笑

いろいろと話してて思ったのは、
領域は違えど、仕事においても「心から楽しい」と思える状態をつくることが、すべての原動力になるのではないか。

今回は、私がマネジメントと向き合う中で考え続けている「本当の楽しさ」について、言葉にしてみたい。

・やっぱり「楽しさ」で人を動かしたい

マネジメントをしていると、常にひとつの問いにぶち当たる。

「どこまで介入すべきか?」「どこまでマイクロマネジメントをするべきなのか?」
数字が厳しい局面では、当然マネジメントが数字を細かく詰めなければならない。クオリティ管理の局面では、細部の完成度をとやかく言わざるを得ない。

組織を常勝軍団にするためには、まるで強豪校の部活のような厳しい規律が必要なのだろうか。

そんな中で最近私は、本質的に仕事と部活は違うと思っている。

仕事は部活のような強制力でやるものではないし、学生時代の3年間と決まってるわけではない。

大人が自分の意思とキャリア/ライフプランに基づいて選択しているものであるし、何十年も向き合っていくものだ。

そこに管理と規律だけで人を縛りつける手法は、どうにも馴染まない。

では、どうやってチームをドライブさせるのか。
私の結論はシンプルだ。やっぱり「楽しさ」で人を動かしたいなと思っている。


・「楽」と「楽しい」は決定的に違う

ここで言う「楽しさ」とは、決してゆるい環境のことではない。

「『楽』をすることと『楽しむ』ことは対極にある」
-心理学者ミハイ・チクセントミハイ

フロー理論を唱えたミハイはこのように語っているが、まさにその通りだと思う。

私自身、前職で仕事が「楽」になったと感じた瞬間から、一気に仕事が「楽しくなくなった」という経験をした。

仕事が楽になると、手抜きができる。ワークライフバランスも一見保てるかもしれない。

しかし、成り行き任せでこなせる仕事に、成長も達成感も生まれないのだ。

本当の「楽しさ」とは、成り行きでは到底届かない高い目標に対し、苦しみながらも知恵を絞り、達成へと泥臭くたどり着くプロセスの中にしかない。
難易度が高いからこそ考え抜く余地があり、工夫しがいがあり、人が介在する意味が生まれる。

これは「頑張ることが楽しい」人であることが前提かもしれないが、私はやはり厳しい規律で縛るのではなく、こうした「正しい楽しさ」でチームを作りたいなと思っている。


・自由と規律の境界線

だからこそ、私はガチガチのルールで固めた組織を作りたくない。

ベースとして成果への貪欲さを持ちつつも、メンバーには自律した自由を持って動いてほしいと思っている。

では、マネジメントとしての線引きはどこにあるのか。
私はそれを**「組織における『腐ったリンゴ』になっていないか」**という一点に置いている。

ひとつの腐ったリンゴが周りを腐らせていくように、組織や仲間に悪影響を及ぼす行動や思想は明確にNGとする。その境界線さえ守られていれば、基本はメンバーの意思と挑戦に委ねるのが健全な姿ではないだろうか。

ルールという柵で囲うのではなく、文化を害する行動だけを線引きする。これが本来の「大人のプロフェッショナル集団における自由のあり方」なのではないかと考える。


・仕事のモチベーションとは?

話は急に変わるが、
最近マネジメントラインでの飲み会で、私自身「何をモチベーションに働いているのか?」と問われたときも、結局ここに辿り着くなと思った。

大義を語るなら、「人の役に立ちたい。人を幸せにしたい。」という気持ちはある。

それが自分が働くときの介在価値でもあり、存在意義でもあると思うからだ。

しかし、もっと自分だけにフォーカスすると、結局のところ**「いかに難しい局面を、ひとつのゲームとしてクリアするか」**という部分に行き着く気がしている。

成り行きでは勝てないハードモードな設定。
一筋縄ではいかない課題。
それを知恵と工夫で紐解き、仲間とともにクリアしていく。

振り返ると、カオスな状況で働くことは嫌いではない。
いかにこの状況を解決していくか?という一点に向かって脳みそをフル回転させている時間は、なかなかに面白い。

どうせ人生の貴重な時間を使って働くのなら、本気でやった方が絶対に楽しいし、難しい中で大きな成果を狙った方が面白い。

仕事の「楽しさ」の本質は、きっとそこにある。

楽ではない。けれど最高に楽しい。

・さいごに

ちゃんみなが10年で東京ドームに行ったように、仕事でも10年本気でやり続けることで見える世界が絶対ある。

私自身も、まがいなりに10年以上社会人をやってるからこそわかったことがいっぱいある。

ただ、次の10年でどんな世界が見えるかは今からの自分次第だ。

加齢、体力の衰え。
組織拡大に伴うマネジメントの悩み。
第二子・子育て・教育・介護問題。
情報の複雑化。世界の変化スピードの加速。

きっとこれからの10年はまた新しいハードモードに突入していくのだろうが「高難度のゲームに挑む楽しさ」は増していくだろう。

楽しみだ。

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