宇野書店に行った「ついでに」、本を買う
8月1日の金曜夕刻、私はJR山手線の大塚駅北口に降り立った。本日夜に開催される宇野書店のオープニングイベントに出席するためだ。
宇野書店とは、批評家の宇野常寛さんがプロデュースした本屋である。宇野さん個人がセレクションした新刊書籍が約6000冊置かれていて、ジャンルで言えば、全国各地で増殖している個人書店のたぐいに当たると思う。
ただし、よくある個人書店とは一味違う。
まず宇野書店は、何の変哲もないオフィスビルの2階に入居している。なので書店に入るには、ビルの入口から階段かエレベーターで2階に上がらないといけない。本屋というのは、大抵お客が入りやすい地上階にあるか、多くのテナントが入居するショッピングモールの通路沿いにあるもの。2階に上がらないとたどり着けない本屋は珍しい。


次に、宇野書店の店内に入るには靴を脱ぐ必要がある。ふらっと立ち寄って書棚の本を手に取りパラパラと立ち読みできるのが本屋の魅力だが、そのハードルを宇野書店は2段くらい上げている。ただし、床には芝生のようなカーペットが敷かれていて、普通の本屋ではできない「座り読み」はできる。

そして、なんといっても個性的な品揃えである。イベントでも言及されたが、個人書店には、一般の書店では見られない個性的な本が置かれるのが普通だ。もちろん宇野書店も基本は同じ。人文・社会系の専門書の品揃えが充実していて、雑誌やビジネス書、ベストセラーは一切置かれていない。ただ、特定の文庫や新書は置かれている。本の内容というより、ジャンル、シリーズ、作者に偏りが見られるのが特徴なのだ。





店内の雰囲気や品揃えは、宇野さんご本人が以下の動画で説明している。
ということで、実はここからが本題だ。
8月1日のオープニングイベントでは、宇野さんと3名の有識者によるトークセッションが行われた。本屋が街にあることの価値が多様な観点から語られて興味深かったのだが、そのなかで、宇野さんが不動産会社と組んでこの書店をオープンした意図が明らかになった。それは、読書の習慣を多くの人に付けてもらうこと、そしてスポーツジムに通うように日常的にこの本屋に立ち寄る人が増えていくことで、ビルの価値、そして街の価値を高めていくというもの。壮大な目標だ。
そのトークセッションで私の心に刺さったのが、「ついでに」という言葉である。登壇者の一人が、「スーパーで買い物をするついでに近くの本屋に入り、本を買ってしまう」といった話をされていた。これは私も全く同じで、街を歩いていて本屋に出会ったら、つい立ち寄ってみたくなる。そして書棚に並んだ本を見てパラパラ読むうちに、いまこの瞬間に買わねばならない使命感を感じて、つい買ってしまう。旅行に出た時は、ついでに本屋に寄って本を買ってしまうし、街場に買い物に出る時も、ついでに本屋に立ち寄っている。もちろん私が本好きだからだが、本屋でなくても何かの「ついでに」ふらっと立ち寄れる場所が幾つかあると、暮らしが楽しくなる気がする。コンビニがこれだけ普及したのも、何かのついでに、ふらっと誰でも気軽に店内に入れることが大きい。要らないものをつい買ってしまう代償はあるが…。
宇野書店も、オフィスビルの2階に上がり、靴を脱いで入店するというハードルはあるが、いったん入店すれば、気兼ねなく自由に本を物色できる空間になっている。椅子や机もあるので書き物もできるし、本を買うときは無人レジで会計をキャッシュレスで済ませられる。
実はこの日、オープンしたての宇野書店で本を何冊も買う予定だった。オープン日に本を買うことに価値があると思ったからだ。しかし、イベント前に書店の本を一通り物色したが、珍しく欲しい本に出会わなかった。無理して買ってもよい本は何冊かあったが、買うのに躊躇した。
それと、躊躇した理由がもう一つある。実は宇野書店に行く前に時間を持て余して大塚の街をぷらぷら歩いていたら、あの店に偶然出くわしたからだ。そう、ブックオフである。つい入店し、古本を隅々まで物色して、気がつけば数冊の本を買っていた。つまり、私のリュックは既に本で重く膨れていたのだ。今回私は宇野書店のオープンに合わせて仕事の打合せの予定を入れ、群馬から一泊二日で上京したのだが、ブックオフで本を数冊も買ってしまったのは想定外だった。本来買うはずの本屋で本を買わないとは、何たる不覚か。
しかしトークセッションを聞くうちに、何かのついでに本屋にぷらっと入店して買いたい本に出会うことこそが本屋の価値であり、真っ当に思えてきた。何かのついでに買ったり経験した物事のほうが、メインの目的よりも満足感が高く、記憶に残ることは多い。会いたい人に会いに行く時に、「◯◯に来たついでに立ち寄った」と言った方がお互い気が楽なのと、何か似ている。
そんなことを考えながら、ふと左側の書棚にふと目を向けた時、前から読みたかった本がそこに鎮座されているのが目に入った。本当に不思議だが、その本の存在は最初に入店して物色したときは、全く目に入らなかったのだ。

翌日私は、仕事の打合せを近隣で済ませたついでに、再度、宇野書店に足を運んだ。そして、昨日のイベントで目に入った本と、トークセッションで言及された本の2冊を購入した。普通に入れたらリュックに入らないので、昨日ブックオフで買った本をリュックから取り出し、入れ直す作業を店内で開始した。

その時である。なんと店主である宇野さんが、偶然にも店に入ってきたのだ!私は軽くご挨拶した後、持参していた宇野さんの著書に、ついでにサインを依頼した。

こうして、2025年8月2日にJR大塚駅近くの宇野書店に「ついでに」足を運んだことは、店主の著書に刻まれた。ついでに、私の人生の記録にも刻まれることだろう。これからも上京したついでに宇野書店に立ち寄り、ついでに本を買おうと決めた。
