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4歳3ヶ月、初めて読んだ文字は「ん」だった。〜私が文字を敢えて教えなかった理由〜



【発火】寝室で起きた、小さなビッグバン

2026年1月5日。4歳3ヶ月。
彼の「文字のない世界」が、今日、終わった。

いつもの寝かしつけ絵本時間で、それは起きた。

彼が選んだ絵本は、今日図書館で借りてきたばかりの
『月刊たくさんのふしぎ シャチのくらし』(福音館書店)。

シャチの家族の暮らし、群れの文化、母や祖母が中心になって支える社会の話。
ページをめくって読んでいると、突然—
彼の小さな指が、ある一点を指さして止まった。

「これ、”ん”?」
「……うんちの、”ん”?」

彼が指さしていたのは、
シャチの家族を見守る「お母さん」という単語の、最後の一文字。

私は一瞬、息を飲んだ。
「そうだよ、”ん”だよ!」

「あいうえお」の順番でもない。
「自分の名前」でもない。

彼の中で、大好きな「うんち」と、目の前の「お母さん」が、
たった一文字の「ん」で繋がった瞬間だった。

音と形が、カチリと噛み合った瞬間。
それは我が家の寝室で起きた、
小さな、でも決定的な“文字のビッグバン”だった。

そのあと、別の絵本に出てきた「とんぼ」。
「これも、”ん”?」
「そう、これも。」

目を輝かせて喜ぶあの顔を、私はたぶん一生忘れない。
そして彼も、一生「ん」という字を忘れない気がする。


【解像度】文字が「ティラ」に見えていた時間を守りたくて

現在、4歳3ヶ月。
周りを見渡せば、ひらがなを読み書きできるお友達もたくさんいる。
「字はまだ?」と家族に言われたこともある。

でも私は、あえてドリルを渡さず、お風呂にポスターも貼らず、
“教えない”という選択をしてきた。

なぜなら、
文字(ラベル)を貼る前の世界を、
彼に味わい尽くしてほしかったから。

それを象徴する、忘れられない出来事がある。

以前、私がパソコンで文章を書いているとき、
横から画面を覗き込んだ彼がこう言った。

「ママ、これ、ティラみたい!」

え?ティラノサウルス?

大人の私には「意味」としてしか読めない文章の羅列が、
読めない彼には、段落の凹凸が
“口を開けたティラ”に見えていたのだ。


恐竜大夜行のティラノサウルス。彼にはドキュメントがきっとこんなふうに見えた

その時、私はハッとした。

文字が読めるようになれば、世界は便利になる。
情報は速く処理できる。
でもその代わりに、
“文章の形を恐竜として楽しむ”
みたいな純粋な感性は、薄れていく。

「読めない」ことは欠如じゃない。
読めない今しか見えない景色がある。

だから私は思った。
この選択は間違っていない、と。

その景色が彼の中で十分に飽和するまで、
周りがどうであろうと、大人の都合でラベルを貼るのを急がない。
そう決めていた。


【引力】数字の先生は、ドリルじゃなくてLaQだった

「教えない=学ばない」ではない。

実は彼、数字は教えていないのに、いつの間にか読めるようになっていた。

最初の先生は、エレベーター。
「自分でボタンを押したい」「今どこにいるか知りたい」
その切実な欲求が、彼に「数字の形」と「順番」を覚えさせた。


そして今の先生は、大好きなLaQ(ラキュー)だ。

複雑なドラゴンや生き物を作りたい。
そのためには設計図を見て、必要なパーツを揃えなければならない。

「あかのしかくは……これなんこ?」
「じゅう、ご?」

口で言える「数」と、設計図の「数字」、そして手元にある「パーツの量」。
それらが彼の中で一致し始めたのは、
「作りたい」という強烈な引力があったからだ。


オリジナルの作品を作るのが実は1番好き。

今は、100のくらい、1000のくらいも気になっている。
6600万年前の隕石を知っていて口で言えるのに、
まだ「6600」は読めない。

多分これが、敏感期のリアル。

我が家にはドリルなんていらなかった。
「必要」で「面白い」なら、子どもは勝手に学ぶ。

だから文字に関しても、
彼の中に「読みたい」というマグマが溜まるのを、
じっと待つことができた。


【臨界点】シャチが連れてきた「その時」


そして今夜、ついに臨界点を超えた。

彼が文字への扉を開くために選んだパートナーが、
ドリルではなく『シャチのくらし』だったことが、最高に彼らしい。

シャチの社会は、母や祖母を中心に群れの文化が継がれていく。
“知恵が、命を救う”という話がそこにはある。

私はいつか、この「母や祖母の知恵が命を繋ぐ」世界を、
自分のライフワークとして絵本で描きたいと思っている。
そんな気持ちで借りてきた一冊だった。

その本の中で、彼が見つけたのが「お母さん」。
そして、その言葉の最後にある「ん」。

母親の声で語られる物語の中で、
母親を表す文字を見つけ、
それを自分の好きな「うんち」とリンクさせたこと。

誰かに「やらされた勉強」ではなく、
自分の「好き」と「知りたい」が繋がって溢れ出した。

これ以上ない、最高のスタート地点だ。


【万倍】一粒万倍の種と、最高の「ん(運)」

2026年1月5日。

一粒万倍日。
天恩日。
大明日。
神吉日。

なんかもう、暦が「盛りすぎ注意」って言ってる日だった。

「一粒万倍」。
一粒の種が、万倍の実りになる日。

彼が今日、自力で見つけ出した、たった一粒の「ん」。
この小さな種は、これから彼が紡ぐ人生という物語の中で、
万倍の言葉となり、知識となり、感動となって実っていくはずだ。
きっと次の文字も彼らしい場所から生まれるに違いない。

息子よ、文字記念日おめでとう。
君が見ているそのコズミックな世界を、
ママはこれからも一番近くで応援している。


(追伸)最初の一文字が「ん」って、うちの子らしすぎて笑った。
始まりが語尾って。絶対一生忘れない。

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