「タルマーリー 生命力を感じる菌のリトリート」プログラム後記 ー菌と人と、場の話ー
1.プログラム概要
4/3(金)-4(土)の日程で、鳥取県智頭町のタルマーリーさんと『タルマーリー・生命力を感じる菌のリトリート』を開催した。事後に振りかえると、それは、タルマーリーを中心に置いて、五感と語りで生命力を感じる旅だったように思う。
タルマーリーと言えば、野生の菌で醸すパンとビール。常に既成概念を超えながら、世の中にあっと驚く概念と共にパンやビール、食の分野で新たな価値を提供し続けている存在、そうイメージする方が多いのではないでしょうか。そのタルマーリーは今、パンやビールづくりに留まらず「智頭タルマーリー発酵研究所」というコンセプトを掲げ、更なる進化を遂げようとしています。
(中略)
今回のリトリートは、タルマーリーのパンやビールを楽しみながら、お2人が長年の経験で感じ取ってきた「豊かさ」について、身体や感性、対話を通して自分事に引き寄せながら考える時間です。
2.場に入る
初日、この日は気持ちよく晴れわたり、集合場所の智頭駅に集まった参加者を迎えてくれた。初対面で少し緊張感のある空気の中、川の土手に満開に咲いていた桜の輪郭が、春の陽気で淡くぼやけて、ぼくたちに落ち着いたやわらかな印象を与えてくれていた。
全員がタルマーリーに揃い、はじめにチェックインを行った。チェックインとは、対話やワークショップを実施する際に「その場に入る」セレモニーのようなもので、今感じていることを率直にお互いに伝え合う。

初日のチェックインは面白い。勝手が分からず少し戸惑っている人、初対面の人たちの中で緊張している人、非日常の空気に触れてワクワクしている人など、様々な状態から発せられる揺らぎやエネルギーを感じながら、みんなの言葉を味わう。
人は、どんな状態であれ、感じていることを話すと不思議と落ち着いていく。モヤモヤしてたことを吐き出せると感情が落ち着く、という感じのイメージだ。その落ち着きによって「場に入る」、そこにグラウンディングする(地に足がつく)効果が生まれる。
それぞれ今の気持ちを語った後は、カタルカという様々な接続詞(しかしながら、そろそろ、結局…等)が書かれたカードを一枚引き、引いた接続詞に合わせて、更に一言ずつ言葉を重ねる。不確実な状況の中で咄嗟に発せられる言葉から、それぞれの個性(らしさ)が少しずつ顔を出し、場がゆっくりと馴染みはじめる。
3.タルマーリーの場を感じる

2008年、渡邉格&麻里子が共同経営で、千葉県いすみ市で開業。自家製酵母と国産小麦だけでパンづくりを始める。そして、酒種をつくるための麹菌も自家採取し始めたことで、素材の栽培方法が発酵にあらわれる、つまり自然栽培(無肥料無農薬)の素材が一番良く発酵することに気づく。
(中略)
野生の菌だけで発酵させるビールを醸造するため、2015年鳥取県智頭町へ移転。パンとビールの製造販売、カフェの営業に加え、2022年からは一棟貸しホテルもスタート。
「パンとビールを作れば作るほど、地域が良くなっていく」
野生の菌による発酵を起点とした地域内循環を目標に、里山の恵みを最大限に活かした農産加工業に加え、豊かな食を楽しむ空間と時間を提供。自然環境と社会環境、両方の視点から持続可能な町づくりを目指す。
チェックインの後は、いたるさんの案内で智頭町の町並みやタルマーリーのものづくりの現場を歩いて回った。
智頭町は、面積の93%が森に囲まれた杉の町で、古くから参勤交代の宿場町として、明治以降は林業の町として栄えた。特に「智頭宿」というエリアは、昔ながらの家々が立ち並び、今でも宿場町の面影が残っている。タルマーリーは、この情緒溢れる智頭宿の中にある。

タルマーリーは智頭宿を中心に、お店だけでなくパン工房やビール工場(移設中)など複数の物件を拠点に活動している。そのいずれもが、町の空き家(古民家)を買い取ってリノベーションしたものだ。

聞けば、そのリノベーションの進め方が普通ではない。リノベーションと言うと、通常工務店や大工さんにお願いするが、「自分でやった方が柔軟に変更できるから」と、いたるさんが直接設計・デザインや素材選び、内装作業などを行いDIYしてつくっている。(専門の職人さんにしかできない部分は外部にお願いしている。)
初期に描いた図面は、つくりあげる過程で湧き出してくるアイデアを基にダイナミックに変わっていく。古物の板材を使い、場を浄化するための炭を埋め込むなど素材にもこだわり、菌や人間の居心地の良さを追求した設計になっている。
その徹底したこだわりは、工期の遅れやコストへの影響を伴うこともあるだろう。それでも、本質的な価値をかたちにするために妥協することなく、変化し続けるプロセスを厭わない。そうして完成した場はDIYの域を超えた質感を持ち、土地や環境に馴染む素材と空間は、周囲と調和したあたたかな雰囲気を生み出していた。
4.タルマーリーのものづくりを感じる

工房で、パンづくりや菌の面白さについて話してくれた。タルマーリーでは自ら野生の菌を降ろす。長年菌と付き合う中で、見えてきたものがたくさんあるといたるさんは言う。
まず、きれいな水や空気のある環境が、野生の菌の採取には絶対条件であること。タルマーリーでは麹菌も降ろしているのだが、中でも麹菌を降ろすことは大変なのだそうだ。タルマーリーでも、きれいに降ろすことができたのは、18年間で数回ほどにとどまるという。菌は、人間には捉えきれない環境の変化を即座に感知し、その姿を現したり現さなかったりするようだ。

また、菌の採取には人の感情が関わってくるということ。人のその時の感情やコンディションが、菌を採取できるかどうかに影響するというのだ。実際、ネガティブな状態にある人が菌を降ろすと、面白いほど灰色や黒っぽくなる等の現象が見られるという。人間と菌は、目に見えない糸で繋がっているようだ。
特に興味深かったのは、菌は環境から切り離されると弱くなるということ。パンづくりでは、発酵を促すためにドライイーストと呼ばれる純粋培養された菌が用いられることが多い。純粋培養菌とは、単一の菌を無菌状態で培養して採取した菌のことで、安定的にコントロールし、原料の品質にかかわらず同じ味を再現する点では優れているが、温度変化などの環境変化に非常に弱い。
一方、タルマーリーで使用するのは野生の菌だ。野生の菌は、雑菌を含む多様な微生物が共存し競合する豊かな環境の中で育つ。その環境を生き抜いてきた菌たちは、制御しにくい性質を持っているが、仕込んだ生地を数週間冷蔵してもパン生地として機能し、ビールは1年以上寝かせても発酵が持続するなど、たくましい特性を備えている。
「結局、いのちと環境を切り離しちゃいけないんですよね。」
いたるさんの言葉が、胸にこだまする。
菌は、私たち人間の目に見えない世界で「他」と繋がり合い、常に相互に影響し合って生きている。そして、多くの生命が存在し影響し合う「雑」な環境でこそ、菌は自らの生命を進化させ強くなることができる。人間も同じひとつのいのち。菌の声は、現代を生きるヒントを教えてくれている気がした。

5.”今ここ”で語り合う
町歩きを終えて少し休んだ後、タルマーリーの生地で夕食のピザを焼く。自分たちで具材を切り、各人が思い思いにピザを焼く。ピザを焼く上で大切なのは、音だそうだ。火のゴーっという音の中の微細な変化を聞き分けながら、ピザ生地をくるくる回して焼いていく。

順番でピザを焼きつつ、夜はタルマーリーのビールを飲みながら、みんなで語る時間。特にテーマを決めるわけでもなく、その日感じたことや参加した人それぞれの仕事や活動のことなど、自由に語り合った。
話の中の何気ない問いかけが、その人の想いや半生の語りを自然と引き出す。それをみな興味津々に聞き入る。日中にタルマーリーの物語に触れたように、それぞれの人生の物語に触れていく。
<話し>において人々は予見的な志向姿勢をおびて未来へ先がけ、<語り>においては回顧的な志向姿勢をもって過去を振り返る
人生の物語は、山あり谷ありだ。どこか美化された「物語」という言葉のニュアンスとは裏腹に、人は様々な経験を経て、今ここにいる。酸いも甘いも含んだありのままの物語は、その人の在り方を感じさせてくれる。
ぼくは、場づくりを始めるようになって以来、日常で「語る」機会がいかに少ないかを実感するようになった。社会や会社・組織の中では、意味や目的といった合理の領域で「説明する」ことが求められる。合理の世界は評価や判断を伴うため、人はその判断基準に合わせて、自らの本来の在り方を抑制しながら生きている。結果、人と人との関係は表面的になりやすく、本質的な繋がりは希薄になる。
「語る」ことは、非合理な領域だ。結論が定まらないまま進むこともあり、話題が右へ左へと展開し、始まりと終わりで内容が変わっていることも珍しくない。語りと人生は、どこか似ている。どちらも直線的で整然としたかたちでは捉えきれず、蛇行しながら複雑に進んでいく。その巡り巡る物語に耳を傾けることは、その人の人生を追体験するかのようで、そこからにじみ出す人の本来性に共感や受容が生まれていく。
物語を共有することではじめて、表面的な理解を超えた本質的な繋がりが生まれていくのだ。今の社会には「語り」が不足していると、改めて感じた。
初対面だったわたしたちは、物語ることで、旧知だったかのような関係になっていた。まるで発酵しているかのように、場全体の体温がふつふつと高まっていった。

6.生命力とはなにか?
2日目は、前日とは打って変わって春特有の雨と風が強く吹きつける荒れた天候であったが、朝みんなが集まった場には、それとは対照的な落ち着いた空気が流れていた。昨晩の余韻そのままに、一人ひとり前日の感想を語り合い、その流れで、いたるさん・麻里子さんからタルマーリーの歩みと今後について、更に深くお話しいただいた。
タルマーリーの今日に至るまでの歴史は波瀾万丈だ。千葉から岡山、智頭へと変遷し、自分たちが信じている職人道や社会のあり方をパンやビールづくりを通して発信してきた。その過程で、ものづくりの失敗談や地域で経営を続けることの様々な苦労など、書ききれないほどたくさんのエピソードを話してくれた。
タルマーリーはちょうど今、次に向けての変化点にあるという。これまでのパンやビールづくりに留まらず、18年の歩みの中で、お二人が感じ取ってきたことを更に探究し発信する「智頭タルマーリー発酵研究所」というコンセプトを中心に、活動を拡げていく未来を構想している。
自然や菌から学んだ全体性や循環の思想を軸に、ものづくりや食の領域から「社会」の在り方を探究し続けてきたタルマーリーの次なる探究は、「人間」の在り方のようだ。人間の感情やこころに興味をシフトし、探究を続ける。
私はこれからの人生で、「動的なモノ作り」を追求していきたいと思っている。「動的」だから「完成」というゴールもきっとないのだろう。これまでも野生の菌たちは、あいまいなものを曖昧なままにしておくのが、常に変化していく人間らしい文化だと教えてくれた。
ぼくが出会ってからのタルマーリーは常に変化し続けている。様々な困難に直面しながらも、環境に合わせて変化する運動体だ。それも、ただ表面的に環境に合わせるだけでなく、思想やアプローチの強度を高めながら、進化を続けている。野生の菌の生き方と同じだと思った。

その後、豊かな自然に囲まれた郷土料理の食事処「みたき園」で昼食をいただいて智頭駅で解散し、今回のプログラムは終了を迎えた。
みんなと別れた後の帰りの道中、からだに残っている余韻とともに、今回過ごした時間を振り返っていた。
菌やタルマーリー、それぞれの人生に触れた時間を思い出し、生命力について考えた。「常に変わり続ける」「他と繋がっている」「共生と競争の環境にいる」「周囲と調和で生まれる」「安心安全である」「語り合うことで形を表す」などたくさんのキーワードが頭に浮かんできた。
その後も、とりとめなく「生命力とは何か?」をぐるぐると考えていた。その時ふと、1日目の夜の光景が頭に浮かんだ。その場にいたみんなの表情。あちらこちらから聞こえる談笑。これまでの人生を語る真剣な声。全体のエネルギーに一体感を感じたその時の感覚。
誰に何を言われるわけでもなく、一人ひとりが「ただのわたしたち」として過ごした、あの時あの場で醸し出されていた空気は、たしかにいきいきとしていたように思えた。
元気にそこに存在し、安心して語り合い繋がりあえる場があれば、自ずと生命力は発揮されるのだ。生命力の根源は、自らが健やかであること。身も心もともに健やかで、元気であればこそ、自ずとエネルギーが湧いてくる。
また生命力は、個に閉じた環境では発揮しきれない。それは周りと繋がるからこそ磨かれる。自分自身を大切にし、周りとのつながりを感じながら生きる。そして、誰かのため、何かのためと思えることにエネルギーを注ぐ。そこに、生命力が現れる。
人と人(いのちといのち)のつながりと健やかさ、そこに生命力を感じ取るヒントがあるのかもしれない。
しかし何を隠そう、野生的にしか生きられない存在は、この私自身なのだ。昨年気づいたのだが、私はマーケティングにまったく興味がない。そしてつい最近気づいたのは、マーケティングの最良の方法は「自分を大事にする」ことだ。
以前に疫学者の三砂ちづる先生がおっしゃっていた。
「やるべきことはね、“からだを整える”こと。私はそれだけでいいと思っているんですよ。」
その意味がようやくわかってきた。きっと身体を整えることで、自ずと良い循環が生まれていく。
動的に変わり続ける、これからのタルマーリーも楽しみだ。
<おまけ:「みたき園」の様子>
2日目のお昼に伺ったみたき園の様子。素敵な女将と若女将を中心に、昔ながらの山の暮らしや里山の原風景を今に残し、手仕事による豊かな食を今に伝える稀有な場所だ。


