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noteの梅雨休み


6月に入ってからの3週間少々、noteをお休みしました。夏休みにはちょっと早いので、さしずめ梅雨休みといったところ。

少しnoteから距離を置こうと思ったのと、会社に提出する作文を書くのと。
うちの会社で毎年開催される、社員意見発表大会に先立って募集されたものです。今回のテーマは「未来の私に伝えたいこと」で、文字数は1600字程度。

昨年からnoteを始めたので今までよりは楽に書けるかなと思ってましたけど、全然そんなこともなく。書いては消し、書いては消しを繰り返して、納得いくものが書けるまでかなり時間がかかってしまいました。

自分の好きなこと、書きたいことを自由に書けるnoteとは、似ているようで結構違うみたいです。
そんなわけで、記事を書きながら作文も書くということができそうになかったので、投稿はお休みしてました。

あとはここしばらくずっとですが、スキを始めとした記事の反応ばかり気になっていて、しかし実際はそこまで読まれることもないので苦しい──とまではいきませんが、SNSをやるによろしくない精神状態でして。
さらに、少しコメント交流のあったnoterさんにフォロー解除されて切なかったのもあって、なんかもういいかな、みたいな。

依存しかけていた事実に気づいて、少しnoteから離れて頭を冷やすことにしたのです。



そうして離れている間は何をしていたかと言いますと、作文を書いたり本を読んだり、新たまねぎうま! となったり今治タオルハンカチがふわふわだったりしてました。
“新たまねぎは日持ちしない”というイメージがあって今までは普通のたまねぎばかり買っていたのですが、あるとき食べた新たまねぎのみずみずしくて甘いこと! 🧅ウマーです。なんのはなしですか。

会社に提出するものだけに、作文は真面目に堅苦しく書きました。だからか書いていてもそんなに面白くはなく、noteが懐かしいというか恋しいというか。

作文を書いている間も、ほぼ毎日のようにnoteのことを考えていました。
確かにnoteをやらなくても生活には支障ないですし、スマホの使用時間だって減らせるかもしれません。
でもなんというか、noteを始める以前の退屈や孤独、それらを久しぶりに感じていまして。
支障ないです。支障ないですけど、生活の質という点ではnoteの街を毎日訪れていたときの方が、ずっと楽しかったかなと思うのでした。

そして本当は、作文を書き終わるまでnoteは一切やらないつもりでいたのですが、どうにも行き詰まったときについアプリを開いて記事読んだり嬉しかった気持ちを残したりしてしまって。

一応長居はせず記事を一つ読むだけ、一つ投稿するだけといった風に自粛はしましたけど、それでもしっかり気分転換できているという事実。
すごいですよね。記事を一つ読み終わる頃には少なからず元気になれたというか、救われたような気がしたんですから。

さらにお休みしている間でも毎日1、2件ほど通知は届いていたのが少し驚き。まだ読んでくれる人がいたなんて。
ちょっとだけささくれていた気持ちがほぐされるようで、嬉しかったです。



そんなこんなで先日ようやく作文を提出して、noteに復帰(?)できました。
早速ブラウザからログインして3週間以上ぶりに見るnoteのホーム画面は、以前と全然変わっていなくてどことなく懐かしい気持ちにもなったり。

しばらく離れていたからこそわかったこと。

noteは娯楽であり、癒やしであり
学びがあり、発見もあり
繋がりであり、居場所でもある──のかもしれません。

いつもの日常に淡く色を塗って、ちょっと楽しいものにしてくれる素敵な記事と、それを生み出す素敵なnoterさんたち。
そして、こんな僕でも居ていいのかもと思わせてくれる、noteの街と。

家でも職場でもない、たぶんここがサードプレイスって場所。
そしてきっと僕には、noteが必要なのです。

というわけで──

ただいま、戻りました。




最後まで読んでいただき、ありがとうございました☘️



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