本を読みたい
本が読みたい。
紙のページをめくって
印刷された活字を辿って
物語の世界に浸っていたい。
それ以外のことは何もしたくない。
本は良い。
ネット環境が無くてもずっと読んでいられるし
小さな画面を凝視しているよりも目に優しそうだ。
メールやアプリの通知に一喜一憂することが無いし
煩わしい広告だって出てこない。
紙の手触りも、ページをめくる音も
どこか新鮮で、そして少し特別に感じる。
本が読みたいのに、読めない。
やらないといけない家事や仕事
買わないといけない食料や日用品
つい手が伸びてしまうスマートフォン
他の趣味や散歩や何か。
でも一番の原因は自分の意識かもしれない。
晴れていたら出かけないといけない気がして
雨が降ればやるべきことを片付けたりして
それだけで、あっという間に1日が終わる。
本を手に持って、ページを開いて
ただそれだけで読み始められるのに
まとまった時間が取れないとか
もっと他の有意義なことをした方が良いとか
ちゃんと物語の世界に入り込めるように集中しなければとか
いろいろ考えて、億劫になってしまう。
読みたいのに
読まないための言い訳をしているみたいだ。
確かに読書は、他のメディアや娯楽のように
即効性があるわけではない、気がする。
ある程度の時間と、ある程度の心の余裕
それらが無いと、文字の羅列をただ追うだけになって
“おもしろい!”と思うまでに至らない。
しかし、とりあえずでも読み始めてしまえば
後は自然と読み進んで、気づいたら楽しんでいて
読むことを止められないくらいになりそうなことは分かっているし
実際そうできるときもある。
中途半端な完璧主義に邪魔をされて
気軽に楽しめばいいのに
理想の環境、理想的な精神状態でないと
読む気がなかなか起きない。
作家さんが多大な時間と労力をかけて書いた物語だから
生半可な気持ちでは読んだらいけない気がしてしまうのだ。
それは確かにそうかもしれないけれど
でもまず、それ以前に娯楽なのだから
自分の好きなように、自分の好きなだけ
楽しんで読めれば、それで十分なはず。
そしてその楽しかった気持ちを
感想文にして紹介したり、手紙を書いたりして
誰かに伝えられれば上出来というだけ。
それにしたって義務ではないから
肩の力を抜いて、読み始まればいい。
そして最後まで読み終わったときに
物語の余韻が残る中で
おもしろかった、読んでよかったと
満足感に包まれたなら
きっとそれは、最高の読書体験に違いない。
本を読みたい。
幸いなことに積読本は何冊もあるから
その中から好きなものを選んで
あとは、表紙を開くだけだ。
さあ、本を読もうか。
なんのはなしですか。
素敵な見出しイラストをありがとうございます📚
