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水平という絶対基準

基準が「身体」である限り、何も変わらない

「骨格からボディメイク」というアプローチで、アライメントを整えることを目的にセッションを組む指導者は多いと思います。

最近は「アライメントを整えるために動く」のではなく「動きを良くしていく過程で、結果としてアライメントが改善される」という考え方も広まってきました。この順序の転換という方向性には、私も共感しています。

共感できないのは、その先です。

「動きを良くする」手段として挙げられるのが、関節可動域の是正、左右差の是正、スタビリティとモビリティの質、インナーユニット、重心コントロール——こういった要素。これらはすべて身体を基準にした評価です。

基準がズレれば評価もズレる

身体を基準にして身体を評価するということは、身体自体が傾いていたりずれていたりしても、それごと基準にしてしまうということです。

左右差をなくすことがいいことだ、という前提も同じです。体のパーツはどれひとつとして対称ではありません。心臓は左にあり、肝臓は右にある。骨盤も肋骨も、厳密に見れば左右は同じ形をしていない。左と右はそれぞれ役割が違います。

均等を目指すこと自体、ゴールにはなりません。

筋肉主導で考えること、モビリティやスタビリティを整えようとすること——これらが目的になっている時点で、基準が身体に固定されています。

水平という絶対基準

動きを見る前に、基準をどこに置くかを決める。

私が置くのは水平です。地球に住んでいる以上、重力に対して身体がどう置かれているかは、どんな個人差よりも先にある前提です。

水平を基準に骨盤の位置を捉えて、そこから各関節の向きを見ていく。アライメントの話も、動きの改善も、その後の話です。

「骨格からボディメイク」という言葉は悪くない。ただ、骨格を見るための基準が身体にある限り、何をどう整えようとしても出発点がずれたままです。

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