選ばれる、選ばれないの決定的な違い
差別化の話をする前に、根っこを見てほしい
パーソナルジムが飽和した今、差別化が必要だという話はよく聞きます。属人性を出す、目の肥えたセカンドオピニオン層を狙う、質の高い指導で単価を上げる——方向性として間違っていないと思います。
価格競争に巻き込まれて消えていくジムがある一方で、しっかりと選ばれ続けているトレーナーがいる。その違いが「指導の質」や「差別化」にあるという分析も、おそらく正しい。
ただ私は、差別化の話になるたびに「根っこは変わっていない」と感じていて。その違和感を正直に書いておきたいと思います。
痛み改善も、解剖学も、根っこは同じ
少し時間を遡ると、差別化の変遷がよく分かります。
最初はダイエットとボディメイクが主戦場でした。でもジムが増えるにつれて、それだけでは選ばれにくくなった。そこで痛み改善・姿勢改善・機能改善を売りにするトレーナーが増えていきました。理学療法士の知識を持つ、解剖学に詳しい——確かに一時期は差別化になっていた。
ところが今は、その層も珍しくありません。
なぜここまで差別化が難しくなったのか。私が思う理由は一つで、ダイエットの指導も、痛み改善も、解剖学に詳しいトレーナーの指導も、根っこの部分が何も変わっていないからです。
身体を基準にして、筋肉主導で考える——この土台の上に、みんな立っています。ターゲットや切り口が変わっても、動作や身体を見るときの「基準」そのものが変わっていない。だから出てくる答えも、提供できる価値も、どこか似通ってしまう。
土台が同じなら、見せ方をいくら変えても差別化には限界があります。
基準ごと変えているトレーナーが、次に選ばれる
では何が本物の差別化になるのか。私は、身体基準・筋肉主導を捨てて、基準ごと変えることだと思っています。
水平を基準にした見方を持つと、筋肉主導では説明がつかなかったことが説明できるようになります。再現性が上がる。結果が変わる。お客様が「これまでと何かが違う」と感じるのは、アプローチの表面が変わったからではなく、見ている基準が根本から違うからです。
「どんな言葉で説明するか」「どんなエクササイズを処方するか」ではなく、「何を基準に身体を見ているか」——ここに差がある。
そしてもう一つ大事なことがあります。この水平基準という考え方は、今この情報があふれかえっている時代においても、SNSにも、ネットにも、リアルの現場でもほとんど発信されていません。本物に出会うことが難しい、ほんの一握りの人たちしか知らない領域です。
解剖学に詳しいトレーナーは検索すればすぐ見つかります。痛み改善を売りにしているジムも無数にある。でも水平を基準にして身体を見ているトレーナーは、探してもなかなか見つかりません。それだけで希少性があります。
属人性を出す、ターゲットを絞る——そういうマーケティングの工夫は大切です。でもその前に、何を基準に身体を見ているかが変わっていなければ、工夫には上限がある。私はそう思っています。
