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「なんとかできる」が通じない場所で。Wワークの始まりと、五月の霧の中で。

ここ最近、私の人生の中に、急に激しい「混乱期」が訪れていました。
新しい挑戦への一歩を踏み出したはずなのに、気づけば足元が全く見えない濃い霧の中に迷い込んでしまったような、そんな感覚。
4月の半ばから5月にかけてのひと月は、まさに自分のキャパシティの限界を試されるような、目まぐるしい日々の連続でした。


なぜそこまでの混乱に陥ってしまったのか。
それは、予期せぬアクシデントと、新しい環境へのプレッシャーが、まるで行列を作るように一気に押し寄せてきたからです。
キャパシティという名のコップに、次から次へと水が注がれ、表面張力でギリギリ保っていたものが、一気に溢れ出してしまった。そんな状態でした。


始まりは、先月のキャンプを数日後に控えたある日のこと。
突然、我が家のテレビが壊れました。
さらにキャンプ前日の夕方、在宅ワークの新しい案件が決まったという報せが入ります。
本来なら胸が躍るほど喜ばしいはずのその通知が、その時の私には、これから始まる嵐の予兆のように思えてなりませんでした。
帰りの電車の中、揺れる車内で、案件オファーのチャット対応。
壊れたテレビのメーカーとのメール対応を同時並行で片付ける。
「明日の朝にはキャンプ出発なのに、今夜のうちに準備ができるのかな……」
頭の片隅で、漠然とした不安が溜まっていくのを感じました。

帰宅後、まずは決まった案件の事前対応に没頭しました。
メンバーへの挨拶、資料の確認、提出物の作成、セキュリティソフトの購入手配、事前のヒアリング回答……。
画面に向かい続け、気づけば22時。
そこからようやく、翌日のキャンプのパッキングです。
幸い、食材の仕込みは休みの日に済ませていたものの、ギアを車に積み込んで布団に入ったときには、神経がざわついていて、なかなか寝付けませんでした。

翌日からのキャンプは、大半が大雨。
それでも、大自然の中で愛犬たちと過ごす特別な時間は、荒れた心を少しだけ凪(なぎ)にしてくれました。
しかし、本当の「洗礼」は帰宅後に待っていたのです。

泥のように眠った翌日から、パートの4連勤。
そして唯一の休みには、在宅ワークの準備やミーティングが容赦なく詰め込まれました。
体は休める時間があるはずなのに、頭の中のスイッチが全く「オフ」にならない。
常に何かに追われているような焦燥感に囚われ、4月半ばを境に、坂道を転げ落ちるような感覚に陥っていました。

そして5月。
ついに在宅ワークの稼働が始まりました。
「未経験だけど、これまでの実務経験もある。経理のベース知識もあるから、慣れるまでの辛抱。きっと今回もなんとかなる」
そう自分に言い聞かせて臨んだ初日。
しかし、現実は甘くありませんでした。
マニュアルを開けばなんとかなる、と思っていた世界は、そこにはありませんでした。
いきなり目の前が真っ白になり、立ち止まってしまう私。
在宅ワークはテキストコミュニケーションが基本です。わからないことは、さっさと質問して進めなければならない。けれど、その前に「まずマニュアルのどこかに答えがないか」と探しているうちに、砂時計の砂が落ちるように、あっという間に時間が過ぎていくのです。
マニュアルにあるのは大まかな地図(概要)だけで、実際にどのボタンをどう押せばいいのかという細かな道順(操作手順)が書かれていない。
暗闇を手探りで歩くような状態のまま、全く戦力になれない焦りの中で、月初の繁忙日が終わっていきました。
顔の見えない環境でのやりとりは、想像以上に孤独です。
管理者の方との意思疎通が、まるで噛み合わない歯車のようにズレていく。
マニュアルも完璧ではないから、業務全体の流れが頭に落ちてきて初めて、本当の「味方」になってくれるもの。
今の私のように、全体像が見えていない状態では、いくら文字を追っても答えに辿り着けません。

次第に、管理者の方からの反応が薄く、冷たいものに感じられるようになっていきました。
気にしないでおこうと思えば思うほど、胸の奥がキュッと締め付けられる。
「答えが掴めない」という暗闇への恐怖と、顔を合わせないからこそ膨らんでいく「信頼関係への不安」。
画面の向こうにある、底の見えない静けさに、私は不安と恐怖を感じ始めたのです。


これまでの実務経験という「これまでの武器」が通用しない場所で、私は今、大きな壁にぶつかっています。
当時は、全くわからない事を丸投げされても、どこに・誰に確認すべきかから始まって順序立ててアクションを起こし、完了まで行き着くことができていました。
知識ややり込んだ実績がなくても、1人で抱えず周囲の手を借りて結果を出す道筋が私にはあった。

でも、ここでは何の役にも立ちませんでした。
完全に甘かった。読みとリサーチが甘かった。
こういう現実を受け止めないと、まず先には進めないと実感しました。

この混乱も、霧の中にいるような息苦しさも、新しい生き方を選び、踏み出したからこそ出会った景色。
今はまだ、五里霧中の中で足元を確かめながら一歩ずつ進むしかありませんが、この手探りの経験もまた、いつか自分の血肉になっていくのだと信じたい。
信じたいです。
急に訪れたこの混乱期を、まずはこうして言葉にすることで、少しずつ自分のなかに余白を取り戻していこうと思っています。

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