フリーランス健診医という働き方③
私はかつて大変な不義理を働き、それまで勤めていた健診施設をやめた。正確にいうと、ここもクビになった。しばらく何をする気力もわかず、2年程家にいた。
しばらくして、私は事務長に電話をかけ、面会の機会を求めた。かつての不義理を平身低頭、ひたすら謝った。
「もう一度、働かせていただけないでしょうか。在住地区の巡回健診をやらせていただけないでしょうか。」
必死に頼み込んだところ、しぶしぶ、試しにいくつかの巡回健診を依頼された。
久しぶりとはいえ、私も必死であった。月一回の健診の依頼が週一回となり、週二回へと増えていった。
別の健診センターで施設健診をやりながら、空いたところに巡回健診が入る。かつて、何者にもなれなかった私は健診医として生きていくことにした。
今では、在住地区の巡回健診はほとんど全て依頼していただいている。この地区の健診は、任せてもらえたようだ。かつて不義理を働き、大変な迷惑をかけたが、ようやく貢献できるようになった。
今日の巡回健診、指示された事業所へいくと、いつもの巡回バスが止まっている。今日もここまで来てくれた、よし、皆と合流して今日も頑張ろう、と水色のバスをみると思うのだ。
午前の健診はわずか17名、私は午前のみ。スタッフは午後富山市内の事業所に行く。
スタッフは、朝早くから、1時間以上もかけて山あいの静かな地区にある事業所までやってきた。一方、私は自宅から片道20分足らず。
「午後、○○工場なんでしょ。せっかく遠路はるばる来られたのにね、こんな田舎まで」
スタッフに声をかけると笑われた。
「ええ、だんだん遠くにいくより、近くに戻れるからいいんです」
遠くの事業所だけど、行けば大体地元医師である私がいる。安心と信頼と感謝の混ざった自虐ネタであった。
私は今、医師人生を再構築している。
卒後の医師教育のレールから脱落し、専門医制度からはじき出された。医師アイデンティティが崩壊ししばらく無職の時期も過ごしている。
そんな私がどのように医師人生を立て直し、フリーランス健診医という盤石の働き方にたどり着いたのか、その軌跡を記していきたいと思う。
